かすかに目を開きました。
ポウセ童子が汗をふきながら申しました。
「どうですか気分は。」
蠍がゆるく呟《つぶや》きました。
「大烏めは死にましたか。」
チュンセ童子が少し怒って云いました。
「まだそんな事を云うんですか。あなたこそ死ぬ所でした。さあ早くうちへ帰る様に元気をお出しなさい。明るいうちに帰らなかったら大変ですよ。」
蠍が目を変に光らして云いました。
「双子さん。どうか私を送って下さいませんか。お世話の序《ついで》です。」
ポウセ童子が云いました。
「送ってあげましょう。さあおつかまりなさい。」
チュンセ童子も申しました。
「そら、僕にもおつかまりなさい。早くしないと明るいうちに家に行けません。そうすると今夜の星めぐりが出来なくなります。」
蠍《さそり》は二人につかまってよろよろ歩き出しました。二人の肩《かた》の骨は曲りそうになりました。実に蠍のからだは重いのです。大きさから云っても童子たちの十倍位はあるのです。
けれども二人は顔をまっ赤にしてこらえて一足ずつ歩きました。
蠍は尾をギーギーと石ころの上に引きずっていやな息をはあはあ吐いてよろりよろりとあるくのです。一時間に十町とも進みません。
もう童子たちは余り重い上に蠍の手がひどく食い込《こ》んで痛いので、肩や胸が自分のものかどうかもわからなくなりました。
空の野原はきらきら白く光っています。七つの小流れと十の芝原《しばはら》とを過ぎました。
童子たちは頭がぐるぐるしてもう自分が歩いているのか立っているのかわかりませんでした。それでも二人は黙ってやはり一足ずつ進みました。
さっきから六時間もたっています。蠍の家まではまだ一時間半はかかりましょう。もうお日様が西の山にお入りになる所です。
「もう少し急げませんか。私らも、もう一時間半のうちにおうちへ帰らないといけないんだから。けれども苦しいんですか。大変痛みますか。」とポウセ童子が申しました。
「へい。も少しでございます。どうかお慈悲《じひ》でございます。」と蠍が泣きました。
「ええ。も少しです。傷は痛みますか。」とチュンセ童子が肩の骨の砕《くだ》けそうなのをじっとこらえて申しました。
お日様がもうサッサッサッと三遍|厳《おごそ》かにゆらいで西の山にお沈《しず》みになりました。
「もう僕《ぼく》らは帰らないといけない。困ったな。ここらの人は誰《たれ》か居ませんか。」ポウセ童子が叫びました。天の野原はしんとして返事もありません。
西の雲はまっかにかがやき蠍の眼《め》も赤く悲しく光りました。光の強い星たちはもう銀の鎧《よろい》を着て歌いながら遠くの空へ現われた様子です。
「一つ星めつけた。長者になあれ。」下で一人の子供がそっちを見上げて叫んでいます。
チュンセ童子が
「蠍さん。も少しです。急げませんか。疲《つか》れましたか。」と云いました。
蠍が哀《あわ》れな声で、
「どうもすっかり疲れてしまいました。どうか少しですからお許し下さい。」と云います。
「星さん星さん一つの星で出ぬもんだ。
千も万もででるもんだ。」
下で別の子供が叫んでいます。もう西の山はまっ黒です。あちこち星がちらちら現われました。
チュンセ童子は背中がまがってまるで潰《つぶ》れそうになりながら云いました。
「蠍さん。もう私らは今夜は時間に遅《おく》れました。きっと王様に叱《しか》られます。事によったら流されるかも知れません。けれどもあなたがふだんの所に居なかったらそれこそ大変です。」
ポウセ童子が
「私はもう疲れて死にそうです。蠍さん。もっと元気を出して早く帰って行って下さい。」
と云いながらとうとうバッタリ倒《たお》れてしまいました。蠍は泣いて云いました。
「どうか許して下さい。私は馬鹿です。あなた方の髪《かみ》の毛一本にも及《およ》びません。きっと心を改めてこのおわびは致《いた》します。きっといたします。」
この時水色の烈《はげ》しい光の外套《がいとう》を着た稲妻《いなずま》が、向うからギラッとひらめいて飛んで来ました。そして童子たちに手をついて申しました。
「王様のご命でお迎《むか》いに参りました。さあご一緒《いっしょ》に私のマントへおつかまり下さい。もうすぐお宮へお連れ申します。王様はどう云う訳かさっきからひどくお悦《よろこ》びでございます。それから、蠍。お前は今まで憎《にく》まれ者だったな。さあこの薬を王様から下すったんだ。飲め。」
童子たちは叫《さけ》びました。
「それでは蠍さん。さよなら。早く薬をのんで下さい。それからさっきの約束《やくそく》ですよ。きっとですよ。さよなら。」
そして二人は一緒に稲妻のマントにつかまりました。蠍が沢山《たくさん》の手をついて平伏《へいふく》して薬をのみそれから丁寧《
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