「お前さんたちはどこの海の人たちですか。お前さんたちは青いひとでのしるしをつけていますね。」
ポウセ童子が云いました。
「私らはひとでではありません。星ですよ。」
するとひとでが怒《おこ》って云いました。
「何だと。星だって。ひとではもとはみんな星さ。お前たちはそれじゃ今やっとここへ来たんだろう。何だ。それじゃ新米のひとでだ。ほやほやの悪党だ。悪いことをしてここへ来ながら星だなんて鼻にかけるのは海の底でははやらないさ。おいらだって空に居た時は第一等の軍人だぜ。」
ポウセ童子が悲しそうに上を見ました。
もう雨がやんで雲がすっかりなくなり海の水もまるで硝子《ガラス》のように静まってそらがはっきり見えます。天の川もそらの井戸も鷲《わし》の星や琴弾《ことひ》きの星やみんなはっきり見えます。小さく小さく二人のお宮も見えます。
「チュンセさん。すっかり空が見えます。私らのお宮も見えます。それだのに私らはとうとうひとでになってしまいました。」
「ポウセさん。もう仕方ありません。ここから空のみなさんにお別れしましょう。またおすがたは見えませんが王様におわびをしましょう。」
「王様さよなら。私共は今日からひとでになるのでございます。」
「王様さよなら。ばかな私共は彗星《ほうきぼし》に欺《だま》されました。今日からはくらい海の底の泥を私共は這《は》いまわります。」
「さよなら王様。又《また》天上の皆さま。おさかえを祈《いの》ります。」
「さよならみな様。又すべての上の尊い王さま、いつまでもそうしておいで下さい。」
赤いひとでが沢山《たくさん》集って来て二人を囲んでがやがや云って居りました。
「こら着物をよこせ。」「こら。剣を出せ。」「税金を出せ。」「もっと小さくなれ。」「俺《おれ》の靴《くつ》をふけ。」
その時みんなの頭の上をまっ黒な大きな大きなものがゴーゴーゴーと哮《ほ》えて通りかかりました。ひとではあわててみんなお辞儀《じぎ》をしました。黒いものは行き過ぎようとしてふと立ちどまってよく二人をすかして見て云いました。
「ははあ、新兵だな。まだお辞儀のしかたも習わないのだな。このくじら様を知らんのか。俺のあだなは海の彗星《ほうきぼし》と云うんだ。知ってるか。俺は鰯《いわし》のようなひょろひょろの魚やめだかの様なめくらの魚はみんなパクパク呑《の》んでしまうんだ。それから一番痛
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