です。持っておいでなさい。〕
誰《たれ》だ崖の上で叫んでゐるのは。
「先生。おら河童《かっぱ》捕りしたもや。河童捕り。」藤原健太郎だ。黒の制服を着て雑嚢《ざつなう》をさげ、ひどくはしゃいで笑ってゐる。どうしていまごろあんな崖の上などに顔を出したのだ。
「先生。下りで行ぐべがな。先生。よし、下りで行ぐぞ。」
〔うん。大丈夫。大丈夫だ。〕おりるおりる。がりがりやって来るんだな。たゞそのおしまひの一足だけがあぶないぞ。裸の青い岩だし急だ。
〔おゝい。もう少し斜におりろ。〕おりるおりる。どんどん下りる。もう水へ入った。〔どうしたのです。〕「先生。河童取りあん[#「ん」は小書き]すた。ガバンも何も、すっかりぬらすたも。」〔どこで。……〕
もう下らう。滝に来た。下りてゐるものもある。水の流れる所は苔は青く流れない所は褐色《かっしょく》だ。みんなこはごは下りて来る。水の流れる所は大丈夫滑らないんだ。〔水の流れるところをあるきなさい。水の流れるところがいゝんです。〕
あれは葛丸《くずまる》川だ。足をさらはれて淵《ふち》に入ったのは。いゝや葛丸川ぢゃない。空想のときの暗い谷だ。どっちでもいゝ。水がさあさあ云ってゐる。「いゝな。あそごの水の跳ね返る処よ。」
うん、いゝ、早池峯《はやちね》山の七折の滝だってこんなのの大きなだけだらう。
もうみんなおりる。おれもおりる。たった一人あとからやって来る人がある。こはさうだ。
〔水の流れるところをあるくんです。水の流れる所を歩くんですよ。〕
さうだ。さうだ。いゝ気持ちだ。
底本:「新修宮沢賢治全集 第十四巻」筑摩書房
1980(昭和55)年5月15日初版第1刷発行
1983(昭和58)年1月20日初版第4刷発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年4月2日作成
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