ろに光ってゐる。みんな躊躇《ちうちょ》してみちをあけた。おれが一番さきになる。こっちもみちはよく知らないがなあにすぐそこなんだ。路《みち》から見えたら下りるだけだ。
 防火線もずうっとうしろになった。
〔あれが小桜山だらう。〕けはしい二つの稜《りょう》を持ち、暗くて雲かげにゐる。少し名前に合はない。けれどもどこかしんとして春の底の樺《かば》の木の気分はあるけれどもそれは偶然性だ。よくわからない。みちが二つに岐《わか》れてゐる。この下のみちがきっと釜淵《かまぶち》に行くんだ。もうきっと間違ひない。
 小松だ。密だ。混んでゐる。それから巨礫がごろごろしてゐる。うすぐろくて安山岩だ。地質調査をするときはこんなどこから来たかわからないあいまいな岩石《もの》に鉄槌《かなづち》を加へてはいけないと教へようかな。すぐ眼の前を及川が手拭《てぬぐひ》を首に巻いて黄色の服で急いでゐるし、云はうかな。けれどもこれは必要がない。却《かへ》って混雑するだけだ。とにかくひどく坂になった。こんな工合《ぐあひ》で丁度よく釜淵に下りるんだ。遠くで鳥も鳴いてゐるし。下の方で渓がひどく鳴ってゐる。事によるとこゝらの下が釜淵だ。一寸《ちょっと》のぞいて見よう。
 黒い松の幹とかれくさ。みんなぞろぞろ従《つ》いて来る。渓が見える。水が見える。波や白い泡《あわ》も見える。あゝまだ下だ。ずうっと下だ。釜淵は。ふちの上の滝へ平らになって水がするする急いで行く。それさへずうっと下なのだ。
 この崖《がけ》は急でとても下りられない。下に降りよう。松林だ。みちらしく踏まれたところもある。下りて行かう。藪《やぶ》だ。日陰だ。山吹の青いえだや何かもぢゃ/\してゐる。さきに行くのは大内だ。大内は夏服の上に黄色な実習服を着て結びを腰にさげてずんずん藪をこいで行く。よくこいで行く。
 急にけはしい段がある。木につかまれ木は光る。雑木は二本雑木が光る。
「ぢゃ木さば保《た》ご附くこなしだぢゃぃ。」誰《たれ》かがうしろで叫んでゐる。どういふ意味かな。木にとりつくと弾《は》ね返ってうしろのものを叩《たた》くといふのだらうか。
 光って木がはねかへる。おれはそんなことをしたかな。いやそれはもうよく気をつけたんだ。藪《やぶ》だ。もぢゃもぢゃしてゐる。大内はよくあるく。
 崖《がけ》だ。滝はすぐそこだし、こゝを下りるより仕方ない。さあ降りよ
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