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農民三「今朝新聞さ広告出はてら植物医者づのぁ、お前さんだべすか。」
爾薩待「ああ、そうです。何かご用ですか。」
農民三「おれぁの陸稲ぁ、さっぱりおがらなぃです。」
爾薩待「ええ、ええ、それはね、疾《と》うから私は気が付いていましたが、針金虫の害です。」
農民三「なじょにすたらいがべす。」
爾薩待「それはね、亜砒酸《あひさん》を掛けるんです。いま私が証明書を書いてあげますから、これを持って薬店へ行って亜砒酸を買って肥桶一つにこれ位ぐらい入れて稲にかけるんです。」
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(証明書を書く、渡す)
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農民三「はあ、そうですか。おありがどごあんす。なんぼ上げ申したらいがべす。」
爾薩待「一円五十銭です。」
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(金を出す)
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農民三「どうもおありがどごあんすた。」
爾薩待「いや、ありがとう。さよなら。」(農民三 退場)
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農民四、五 登場。
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爾薩待「いや、今日は、私は植物医師、爾薩待《にさつたい》です。あなた方は陸稲の枯れたことに就《つ》いて相談においでになったのでしょう。それは針金虫の害です。亜砒酸をおかけなさい。いま証明書を書いてあげます。」(書く)
農民四、五(驚嘆《きょうたん》す)この人ぁ医者ばかりだなぃ。八卦《はっけ》も置ぐようだじゃ。」
爾薩待「ここに証明書がありますからね、こいつをもって薬屋へ行って亜砒酸を買って、水へとかして稲に掛けるんです。ええと、お二人で三円下さい。」
農民四、五「どうもおありがどごあんすた。」
爾薩待「ええ、さよなら。」
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農民六 登場。
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爾薩待「ああ、(証明書を書く)この証明書を持って薬屋へ行って亜砒酸を買って水へとかしてあなたの陸稲へおかけなさい。すっかり直りますから。その代り一円五十銭置いてって下さい。」
農民六(おじぎ、金を渡す。去る)
爾薩待(独語)「どうだ。開業|早々《そうそう》からこううまく行くとは思わなかったなあ。半日で十円になる。看板代などはなんでもない。もう七人目のやつが来そうなもんだがなあ。」
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「今日は。」
「はい。」(農民一 登場)
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爾薩待「いや、今日は。私は植物医師の爾薩待です。あなたの陸稲はすっかり枯れたでしょう。」
農民一「はあ。」
爾薩待「それはね、あんまり乾き過ぎたためでもない、あんまり湿り過ぎたためでもない。厚く蒔きすぎたのでもない。まあ一反歩四升ぐらい播いたのでしょう。」
農民一「はあ。」
爾薩待「それでいいのです。また肥料のあまり少ないのでもない。硫安を濃くしてかけたのでもない。肥桶一つへこれ位入れたでしょう。」
農民一「はあ。」
爾薩待「そこでね、それは針金虫というものの害なのです。それをなくするには亜砒酸を水にとかしてかけるのです。」
農民一「はあ、私そうしあんした。」
爾薩待(顔を見て愕《おどろ》く)「おや、あなたはさっきの方ですね。こついは失敬しました。どうでした。」
農民一「どうも、ゆぐなぃよだんすじゃ。かげだれば、稲見でるうぢに赤ぐなってしまたもす。」
爾薩待(あわてる)「いや、そんな筈はありません。それは掛けようが悪いのです。」
農民一「掛げよう悪たてお前さんの言うようにすたます。」
爾薩待「いや、そうでないです。第一、日中に掛けるということがありますか。」
農民一「はでな、そいづお前さん言わなぃんだもな。」
爾薩待「言わないたって知れてるじゃありませんか。いやになっちまうな。」
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「申し。」(農民二 登場)
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農民二「陸稲《おかぼ》さっぱり枯れでしまったます。」
爾薩待「だからね、今も言ってるんだ、こんな天気のまっ盛りに肥料にしろ薬剤にしろかけるという筈はないんだ。」
農民二「何したどす。お前さん、今行ってすぐ掛げろって言ったけぁか。」
爾薩待「それは言った。言ったけれども、君たちのやったようでなく、噴霧器《ふんむき》を使わないといけないんだ。」
農民一「虫も死ぬ位だから陸稲さも悪いのでぁあるまぃが。」
農民二「どうもそうだようだます。」
爾薩待「いや、そんなことはない。ちゃんと処方《しょほう》通りやればうまく行ったんだ。」
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「今日は。」(農民三 登場)
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農民三「先生、あの薬わがなぃ。さっぱり稲枯れるもの。」
爾薩待「いや、それはね、今も言ってたんだが、噴霧器を使わずに、この日中やったのがいけなかったのだ。」
農民三「はぁでな、お前さま、おれさ叮《てい》ねいに柄杓《ひしゃく》でかげろて言っただなぃすか。」
爾薩待「いやいや、それはね、……」
農民二「なあに、この人、まるでさっきたがら、いいこりゃ加減だもさ。」
農民一「あんまり出来さなぃよだね。」
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(医師しおれる)
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農民四、五、六 登場
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農民四「じゃ、この野郎《やろう》、山師たがりだじゃぃ。まるきり稲枯れでしまたな。」
農民五「ひでやづだじゃ。春から汗水たらすて、ようやぐ物にすたの、二百刈りづもの、まるっきり枯らしてしまったな。」
農民六「ほんとにひで野郎だ。」
農民二「全体、はじめの話がら、ひょんただたもな。じゃ、うな、医者だなんて、人がら銭まで取ってで、人の稲枯らして済むもんだが。」
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爾薩待(うなだれる)
(農民等 黙然《もくねん》)
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農民二(ややあって)「いま、もぐり歯医者でも懲役《ちょうえき》になるもの、人|欺《だま》して、こったなごとしてそれで通るづ筈なぃがべじゃ。」
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爾薩待(いよいよしょげる。)
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農民二「六人さ、まるっきり同じごと言って偽《うそ》こいで、そしてで威張って、診察料よごせだ、全体、何の話だりゃ。」
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爾薩待(いよいよしおれる)
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[#ここから改行天付き、折り返して3字下げ]
農民一(気の毒になる)「じゃ、あんまりそう言うなじゃ、人の医者だて治るごともあれば、療治|後《おく》れれば死ぬごともあるだ。あんまりそう言うなじゃ。」
農民三「まぁんつ、運悪がたとあぎらめなぃやなぃな。ひでりさ一年かがたど思たらいがべ。」
農民四「全体、みんな同じ陸稲だったがら悪がったもな。ほがのものもあれば、治る人もあったんだとも。あっはっは。」
農民五「さあ、あべじゃ。医者さんもあんまり、がおれなぃで、折角《せっかく》みっしりやったらいがべ。」
農民六「ようし、仕方なぃがべ。さあ、さっぱりどあぎらめべ。じゃ、医者さん、まだ頼む人もあるだ、あんまり、がおらなぃでおでぁれ。」
農民二「さあ、行ぐべ。どうもおありがどごあんすた。」
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一同退場 医師これを見送る。
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[#地から2字上げ](幕)
底本:「銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社
1961(昭和36)年7月30日発行
1979(昭和54)年6月5日40刷
入力:蒋龍
校正:土屋隆
2004年7月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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