がはじめだけれど。」
ペンキ屋「だって現金でないと私帰って叱《しか》られますから。そんなら代金引替ということにねがいます。」
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(すばやく看板を奪う)
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爾薩待「君、君、そう頑固なこと言うんじゃないよ。実は僕も困ってるんだ。先月まではぼくは県庁の耕地整理の方へ出てたんだ。ところが部長と喧嘩《けんか》してね、そいつをぶんなぐってやめてしまったんだ。商売をやるたって金もないしね、やっとその顕微鏡を友だちから借りてこの商売をはじめたんだ。同情してくれ給え。」
ペンキ屋「だって、そんな先月まで交通整理だかやっていて俄《にわ》かに医者なんかできるんですか。」
爾薩待「交通整理じゃないよ。耕地整理だよ。けれどもそりぁ、医者とはちがわぁね。しかしね、百姓のことなんざ何とでもごまかせるもんだよ。ぼく、きっとうまくやるから、まあ置いとけよ。置いとけよ。」
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(また取り返す)
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ペンキ屋「そうですか。そいじゃ月末にはどうか間ちがいなく。困っちまうなあ。」
爾薩待「大丈夫さ。君を困らしぁしないよ。ありがとう、じゃ、さよなら。」
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ペンキ屋徒弟退場。
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「申し。」
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爾薩待(居座《いずま》いを直し身繕《みづくろ》いする)「はあ。」
農民一(登場 枯れた陸稲《おかぼ》をもっている)「稲の伯楽《ばくろう》づのぁ、こっちだべすか。」
爾薩待「はあ、そうです。」
農民一「陸稲のごとでもわがるべすか。」
爾薩待「ああ、わかります。私は植物一切の医者ですから。」
農民一「はあ、おりゃの陸稲ぁ、さっぱりおがらなぃです。この位になって、だんだん枯れはじめです、なじょにしたらいが、教えてくな※[#小書き平仮名ん、228−12]せ。」(出す)
爾薩待(手にとって見る)「ははあ、あんまり乾き過ぎたな。」
農民一「いいえ、おりゃのあそごぁひでえ谷地《やじ》で、なんぼ旱《ひでり》でも土ぽさぽさづぐなるづごとのなぃどごだます。」
爾薩待「ははあ、あんまり水のはけないためだ。」
農民一(考える)「すた、去年なも、ずいぶん雨降り
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