みんなはしんとなりました。
「今夜は美しい天気です。お月様はまるで真珠のお皿です。お星さまは野原の露がキラキラ固まったやうです。さて只今《ただいま》から幻燈会をやります。みなさんは瞬《またたき》やくしゃみをしないで目をまんまろに開いて見てゐて下さい。
 それから今夜は大切な二人のお客さまがありますからどなたも静かにしないといけません。決してそっちの方へ栗《くり》の皮を投げたりしてはなりません。開会の辞です。」
 みんな悦んでパチパチ手を叩きました。そして四郎がかん子にそっと云ひました。
「紺三郎さんはうまいんだね。」
 笛がピーと鳴りました。
『お酒をのむべからず』大きな字が幕にうつりました。そしてそれが消えて写真がうつりました。一人のお酒に酔った人間のおぢいさんが何かをかしな円いものをつかんでゐる景色です。
 みんなは足ぶみをして歌ひました。
 キックキックトントンキックキックトントン
  凍《し》み雪しんこ、堅雪かんこ、
      野原のまんぢゅうはぽっぽっぽ
  酔ってひょろひょろ太右衛門《たゑもん》が
      去年、三十八たべた。
 キックキックキックキックトントントン
 写真が消えました。四郎はそっとかん子に云ひました。
「あの歌は紺三郎さんのだよ。」
 別に写真がうつりました。一人のお酒に酔った若い者がほほの木の葉でこしらへたお椀《わん》のやうなものに顔をつっ込んで何か喰べてゐます。紺三郎が白い袴《はかま》をはいて向ふで見てゐるけしきです。
 みんなは足踏みをして歌ひました。
 キックキックトントン、キックキック、トントン、
  凍《し》み雪しんこ、堅雪かんこ、
      野原のおそばはぽっぽっぽ、
  酔ってひょろひょろ清作が
      去年十三ばい喰べた。
 キック、キック、キック、キック、トン、トン、トン。
 写真が消えて一寸《ちょっと》やすみになりました。
 可愛らしい狐《きつね》の女の子が黍団子《きびだんご》をのせたお皿を二つ持って来ました。
 四郎はすっかり弱ってしまひました。なぜってたった今|太右衛門《たゑもん》と清作との悪いものを知らないで喰べたのを見てゐるのですから。
 それに狐の学校生徒がみんなこっちを向いて「食ふだらうか。ね。食ふだらうか。」なんてひそひそ話し合ってゐるのです。かん子ははづかしくてお皿を手に持ったまゝまっ赤になってしまひました。すると四郎が決心して云ひました。
「ね、喰べよう。お喰べよ。僕は紺三郎さんが僕らを欺《だま》すなんて思はないよ。」そして二人は黍団子をみんな喰べました。そのおいしいことは頬《ほ》っぺたも落ちさうです。狐の学校生徒はもうあんまり悦《よろこ》んでみんな踊りあがってしまひました。
 キックキックトントン、キックキックトントン。
 「ひるはカンカン日のひかり
  よるはツンツン月あかり、
  たとへからだを、さかれても
  狐の生徒はうそ云ふな。」
 キック、キックトントン、キックキックトントン。
 「ひるはカンカン日のひかり
  よるはツンツン月あかり
  たとへこゞえて倒れても
  狐の生徒はぬすまない。」
 キックキックトントン、キックキックトントン。
 「ひるはカンカン日のひかり
  よるはツンツン月あかり
  たとへからだがちぎれても
  狐の生徒はそねまない。」
 キックキックトントン、キックキックトントン。
 四郎もかん子もあんまり嬉《うれ》しくて涙がこぼれました。
 笛がピーとなりました。
『わなを軽べつすべからず』と大きな字がうつりそれが消えて絵がうつりました。狐のこん兵衛《べゑ》がわなに左足をとられた景色です。
 「狐《きつね》こんこん狐の子、去年狐のこん兵衛《べゑ》が
  左の足をわなに入れ、こんこんばたばた
                こんこんこん。」
とみんなが歌ひました。
 四郎がそっとかん子に云ひました。
「僕の作った歌だねい。」
 絵が消えて『火を軽べつすべからず』といふ字があらはれました。それも消えて絵がうつりました。狐のこん助が焼いたお魚を取らうとしてしっぽに火がついた所です。
 狐の生徒がみな叫びました。
 「狐こんこん狐の子。去年狐のこん助が
  焼いた魚を取ろとしておしりに火がつき
                きゃんきゃんきゃん。」
 笛がピーと鳴り幕は明るくなって紺三郎が又出て来て云ひました。
「みなさん。今晩の幻燈はこれでおしまひです。今夜みなさんは深く心に留めなければならないことがあります。それは狐のこしらへたものを賢いすこしも酔はない人間のお子さんが喰べて下すったといふ事です。そこでみなさんはこれからも、大人になってもうそをつかず人をそねまず私共狐の今迄《いままで》の悪い評判をすっかり無くしてしまふだらうと思ひます。閉会の辞です。」
 狐の生徒はみんな感動して両手をあげたりワーッと立ちあがりました。そしてキラキラ涙をこぼしたのです。
 紺三郎が二人の前に来て、丁寧におじぎをして云ひました。
「それでは。さやうなら。今夜のご恩は決して忘れません。」
 二人もおじぎをしてうちの方へ帰りました。狐の生徒たちが追ひかけて来て二人のふところやかくしにどんぐりだの栗だの青びかりの石だのを入れて、
「そら、あげますよ。」「そら、取って下さい。」なんて云って風の様に逃げ帰って行きます。
 紺三郎は笑って見てゐました。
 二人は森を出て野原を行きました。
 その青白い雪の野原のまん中で三人の黒い影が向ふから来るのを見ました。それは迎ひに来た兄さん達でした。



底本:「宮沢賢治全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年1月28日第1刷発行
   2004(平成16)年4月25日第20刷発行
初出:「愛国婦人」
   1921(大正10)年12月号、1922(大正11)年1月号
入力:土屋隆
校正:鈴木厚司
2009年1月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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