でシラトリキキチ氏の云ったやうにだんだんみんなの心は融《と》けて来たやうに見えましたが実は税務署長は決して油断をしないで絶えず左右に眼を配ってゐました。そのうちにいよいよみんなは酔ってしまってだんだん本音を吹いて来ました。
「や、署長さん。一杯いかゞ、どうです。ワッハッハ。濁り酒、味噌桶《みそをけ》に作るといふのはあんまり旧式だな。もっと最新法の方はいゝな。おい、署長さん。さあ、一杯いかゞ、私の盃をあなた取りませんか。閣下ぁ、ハッハッハ。さあ一杯、」
「いや、わかった、わかった。いや、今晩は実に酩《めい》ていした。辱《かたじ》けない。」
「ワッハッハ。やあ、今度はシラトリさん、さあ、おやりなさい。男子はすべからく決然たるところがなくてはだめですよ。さあ、高田の馬場で堀部安兵衛金丸が三十人を切ったのは実際酒の力だ、面白い、牛も酒を呑《の》むと酔ふといふのは面白い。さあ一杯。なかなかあなたは酒が強い。さあ一杯。」
 一人が行ったと思ふと又一人が来るのでした。
「署長さん。はじめてお目通りを致します。」
「いやはじめて。」
「はじめて、はてなさっきも来ましたかな、二度目だ、ハッハッハ。署長さ
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