であります。」
「をかしいな。前にはあの村はみんな濁り酒ばかり呑《の》んでゐたのにこのごろ検挙が厳しくてだんだん密造が減るならば清酒の売れ高はいくらかづつ増さなければいけない。」
「けれどもどうも前ぐらゐは誰《たれ》も酒を呑まないやうであります。」
「さうかね。」
「それに酒屋の主人のはなしでは近頃は道路もよくなったし荷馬車も通るのでどこの家でもみんな町から直《ぢ》かに買ふからこっちはだんだん商売がすたれると云ひました。」
「をかしいぞ。そんなに町からどしどし買って行くくらゐの現金があの村にある筈《はず》はない。どうもをかしい。よろしい。こんどは私が行って見よう。どうもをかしい。明日から三四日留守するからね。あとをよく気をつけて呉れ給へ。さあ帰ってやすみ給へ。」
 税務署長は唇《くちびる》に指をあて、眼を変に光らせて考へ込みながらそろそろ帰り支度をしました。

      四、署長の探偵

 税務署長のその晩の下宿での仕度ときたら実際科学的なもんだった。
 まづ第一にひげをはさみでぢゃきぢゃき刈りとって次に揮発油へ木タールを少しまぜて茶いろな液体をつくって顔から首すぢいっぱいに手にも塗
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