ぱちっ、雪童子の革むちが鳴りました。狼《おいの》どもは一ぺんにはねあがりました。雪わらすは顔いろも青ざめ、唇《くちびる》も結ばれ、帽子も飛んでしまいました。
「ひゅう、ひゅう、さあしっかりやるんだよ。なまけちゃいけないよ。ひゅう、ひゅう。さあしっかりやってお呉《く》れ。今日はここらは水仙月《すいせんづき》の四日だよ。さあしっかりさ。ひゅう。」
 雪婆んごの、ぼやぼやつめたい白髪《しらが》は、雪と風とのなかで渦《うず》になりました。どんどんかける黒雲の間から、その尖《とが》った耳と、ぎらぎら光る黄金《きん》の眼も見えます。
 西の方の野原から連れて来られた三人の雪童子も、みんな顔いろに血の気もなく、きちっと唇を噛《か》んで、お互《たがい》挨拶《あいさつ》さえも交《か》わさずに、もうつづけざませわしく革むちを鳴らし行ったり来たりしました。もうどこが丘だか雪けむりだか空だかさえもわからなかったのです。聞えるものは雪婆《ゆきば》んごのあちこち行ったり来たりして叫ぶ声、お互の革鞭《かわむち》の音、それからいまは雪の中をかけあるく九疋《くひき》の雪狼どもの息の音ばかり、そのなかから雪童子《ゆきわらす》はふと、風にけされて泣いているさっきの子供の声をききました。
 雪童子の瞳《ひとみ》はちょっとおかしく燃えました。しばらくたちどまって考えていましたがいきなり烈《はげ》しく鞭をふってそっちへ走ったのです。
 けれどもそれは方角がちがっていたらしく雪童子はずうっと南の方の黒い松山にぶっつかりました。雪童子は革むちをわきにはさんで耳をすましました。
「ひゅう、ひゅう、なまけちゃ承知しないよ。降らすんだよ、降らすんだよ。さあ、ひゅう。今日は水仙月の四日だよ。ひゅう、ひゅう、ひゅう、ひゅうひゅう。」
 そんなはげしい風や雪の声の間からすきとおるような泣声がちらっとまた聞えてきました。雪童子はまっすぐにそっちへかけて行きました。雪婆んごのふりみだした髪が、その顔に気みわるくさわりました。峠《とうげ》の雪の中に、赤い毛布《けっと》をかぶったさっきの子が、風にかこまれて、もう足を雪から抜《ぬ》けなくなってよろよろ倒《たお》れ、雪に手をついて、起きあがろうとして泣いていたのです。
「毛布をかぶって、うつ向けになっておいで。毛布をかぶって、うつむけになっておいで。ひゅう。」雪童子は走りながら叫
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