た。その空からは青びかりが波になつてわくわくと降り、雪狼どもは、ずうつと遠くで焔《ほのほ》のやうに赤い舌をべろべろ吐いてゐます。
「しゆ、戻れつたら、しゆ、」雪童子がはねあがるやうにして叱《しか》りましたら、いままで雪にくつきり落ちてゐた雪童子の影法師は、ぎらつと白いひかりに変り、狼どもは耳をたてて一さんに戻つてきました。
「アンドロメダ、
あぜみの花がもう咲くぞ、
おまへのラムプのアルコホル、
しゆうしゆと噴かせ。」
雪童子《ゆきわらす》は、風のやうに象の形の丘にのぼりました。雪には風で介殻《かひがら》のやうなかたがつき、その頂には、一本の大きな栗《くり》の木が、美しい黄金《きん》いろのやどりぎのまりをつけて立つてゐました。
「とつといで。」雪童子が丘をのぼりながら云《い》ひますと、一疋の雪狼《ゆきおいの》は、主人の小さな歯のちらつと光るのを見るや、ごむまりのやうにいきなり木にはねあがつて、その赤い実のついた小さな枝を、がちがち噛《か》じりました。木の上でしきりに頸《くび》をまげてゐる雪狼の影法師は、大きく長く丘の雪に落ち、枝はたうとう青い皮と、黄いろの心《しん》とをちぎられて、いまのぼつてきたばかりの雪童子の足もとに落ちました。
「ありがたう。」雪童子はそれをひろひながら、白と藍《あゐ》いろの野はらにたつてゐる、美しい町をはるかにながめました。川がきらきら光つて、停車場からは白い煙もあがつてゐました。雪童子は眼を丘のふもとに落しました。その山裾《やますそ》の細い雪みちを、さつきの赤《あか》毛布《けつと》を着た子供が、一しんに山のうちの方へ急いでゐるのでした。
「あいつは昨日、木炭《すみ》のそりを押して行つた。砂糖を買つて、じぶんだけ帰つてきたな。」雪童子はわらひながら、手にもつてゐたやどりぎの枝を、ぷいつとこどもになげつけました。枝はまるで弾丸《たま》のやうにまつすぐに飛んで行つて、たしかに子供の目の前に落ちました。
子供はびつくりして枝をひろつて、きよろきよろあちこちを見まはしてゐます。雪童子はわらつて革むちを一つひゆうと鳴らしました。
すると、雲もなく研《みが》きあげられたやうな群青《ぐんじやう》の空から、まつ白な雪が、さぎの毛のやうに、いちめんに落ちてきました。それは下の平原の雪や、ビール色の日光、茶いろのひのきでできあがつた、しづかな奇麗な日
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