にあすこの岩の格子から
まるで恐ろしくぎらぎら熔けた
黄金の輪宝《くるま》がのぼってくるか
それともそれが巨きな銀のラムプになって
白い雲の中をころがるか
どっちにしても見ものなのだ
おゝ青く展がるイーハトーボのこどもたち
グリムやアンデルゼンを読んでしまったら
じぶんでがまのはむばきを編み
経木の白い帽子を買って
この底なしの蒼い空気の淵に立つ
巨きな菓子の塔を攀ぢよう
[#改ページ]
三七七 九月
[#地付き]一九二五、九、七、
キャベジとケールの校圃《はたけ》を抜けて
アカシヤの青い火のとこを通り
燕の群が鰯みたいに飛びちがふのにおどろいて
風に帽子をぎしゃんとやられ
あわてて東の山地の縞をふりかへり
どてを向ふへ跳びおりて
試験の稲にたゝずめば
ばったが飛んでばったが跳んで
もう水いろの乳熟すぎ
テープを出してこの半旬の伸びをとれば
稲の脚からがさがさ青い紡錘形を穂先まで
四《ヨン》尺三寸三分を手帳がぱたぱた云ひ
書いてしまへば
あとは
Fox tail grass の緑金の穂と
何でももうぐらぐらゆれるすすきだい
……西の山では雨もふれば
ぼうと濁った陽もそゝぐ……
それから風がまた吹くと
白いシャツもダイナモになるぞ
……高いとこでは風のフラッシュ
燕がみんな灰になるぞ……
北は丘越す電線や
汽笛の cork screw かね
Fortuny 式の照明かね
……そらをうつした潦《みづたまり》……
誰か二鐘をかんかん鳴らす
二階の廊下を生徒の走る音もする
けふはキャベヂの中耕をやる
鍬が一梃こはれてゐた
[#改ページ]
三七八 住居
[#地付き]一九二五、九、一〇、
青い泉と
たくさんの廃屋をもつ
その南の三日月形の村では
教師あがりの採種者《たねや》など
置いてやりたくないといふ
……風のあかりと
草の実の雨……
ひるもはだしで酒を呑み
眼をうるませたとしよりたち
[#改ページ]
三八三 鬼言(幻聴)
[#地付き]一九二五、一〇、一八、
三十六号!
左の眼は三!
右の眼は六!
斑《ぶち》石をつかってやれ
[#改ページ]
三八四 告別
[#地付き]一九二五、一〇、二五、
おまへのバスの三連音が
どんなぐあひに鳴ってゐたかを
おそらくおまへはわかってゐまい
その純朴さ希みに充ちたたのしさは
ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた
もしもおまへがそれらの音の特性や
立派な無数の順列を
はっきり知って自由にいつでも使へるならば
おまへは辛くてそしてかゞやく天の仕事もするだらう
泰西著名の楽人たちが
幼齢弦や鍵器をとって
すでに一家をなしたがやうに
おまへはそのころ
この国にある皮革の鼓器と
竹でつくった管《くゎん》とをとった
けれどもいまごろちゃうどおまへの年ごろで
おまへの素質と力をもってゐるものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだらう
それらのひとのどの人もまたどのひとも
五年のあひだにそれを大抵無くすのだ
生活のためにけづられたり
自分でそれをなくすのだ
すべての才や力や材といふものは
ひとにとゞまるものでない
ひとさへひとにとゞまらぬ
云はなかったが、
おれは四月はもう学校に居ないのだ
恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう
そのあとでおまへのいまのちからがにぶり
きれいな音の正しい調子とその明るさを失って
ふたたび回復できないならば
おれはおまへをもう見ない
なぜならおれは
すこしぐらゐの仕事ができて
そいつに腰をかけてるやうな
そんな多数をいちばんいやにおもふのだ
もしもおまへが
よくきいてくれ
ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき
おまへに無数の影と光の像があらはれる
おまへはそれを音にするのだ
みんなが町で暮したり
一日あそんでゐるときに
おまへはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまへは音をつくるのだ
多くの侮辱や窮乏の
それらを噛んで歌ふのだ
もしも楽器がなかったら
いゝかおまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ
[#改ページ]
四〇二 国道
[#地付き]一九二六、一、一四、
風の向ふでぼりぼり音をたてるのは
並樹の松から薪をとってゐるとこらしい
いまやめたのは向ふもこっちのけはひをきいてゐるのだらう
行き過ぎるうちわざと呆けて立ってゐる
弟は頬も円くてまるでこどもだ
いかにもぼんやりおれを見る
いきなり兄貴が竿をかまへて上を見る
鳥でもねらふ身構へだ
竿のさきには小さな鎌がついてゐる
そらは寒いし
やまはにょきにょき
この街道の巨きな松も
盛岡に建つ公会堂の経費のたしに
請負どもがぢき伐るからな
[#改ページ]
四〇三 岩手軽便鉄道の一月
[#地付き]一九二六、一、一七、
ぴかぴかぴかぴか田圃の雪がひかってくる
河岸の樹がみなまっ白に凍ってゐる
うしろは河がうららかな火や氷を載せて
ぼんやり南へすべってゐる
よう くるみの木 ジュグランダー 鏡を吊し
よう かはやなぎ サリックスランダー 鏡を吊し
はんのき アルヌスランダー [#ここから割り注]鏡鏡[#改行]鏡鏡[#ここで割り注終わり]をつるし
からまつ ラリクスランダー 鏡をつるし
グランド電柱 フサランダー 鏡をつるし
さはぐるみ ジュグランダー 鏡を吊し
桑の木 モルスランダー 鏡を……
ははは 汽車《こっち》がたうとうなゝめに列をよこぎったので
桑の氷華はふさふさ風にひかって落ちる
底本:「宮沢賢治全集1」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年2月26日第1刷発行
2006(平成18)年2月5日第21刷発行
※縦組みの底本の横向きの「…」は「:」(コロン)に代えて入力しました。
入力:伊藤雄介
校正:小林繁雄
2010年1月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全11ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング