ん崖になる
 あしおとがいま峯の方からおりてくる
 ゆふべ途中の林のなかで
 たびたび聞いたあの透明な足音だ
 ……わたくしはもう仕方ない
   誰が来ように

   こゝでかう肱を折りまげて
   睡ってゐるより仕方ない
   だいいちどうにも起きられない……

       :
       :
       :

      叫んでゐるな
    (南無阿弥陀仏)
    (南無阿弥陀仏)
    (南無阿弥陀仏)
 何といふふしぎな念仏のしやうだ
 まるで突貫するやうだ

   :
   :
   :

 もうわたくしを過ぎてゐる

 あゝ見える
 二人のはだしの逞ましい若い坊さんだ
 黒の衣の袖を扛げ
 黄金で唐草模様をつけた
 神輿を一本の棒にぶらさげて
 川下の方へかるがるかついで行く
 誰かを送った帰りだな
 声が山谷にこだまして
いまや私はやっと自由になって
眼をひらく
こゝは河原の坊だけれども
曾つてはこゝに棲んでゐた坊さんは
真言か天台かわからない
とにかく昔は谷がも少しこっちへ寄って
あゝいふ崖もあったのだらう
鳥がしきりに啼いてゐる
もう登らう
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