なかにはいったばかりで
こんなにはげしく
こんなに一そうはげしく
まるでにはか雨のやうになくのは
何といふをかしなやつらだらう
ここは大きなひばの林で
そのまっ黒ないちいちの枝から
あちこち空のきれぎれが
いろいろにふるへたり呼吸したり
云はばあらゆる年代の
光の目録《カタログ》を送ってくる
  ……鳥があんまりさわぐので
    私はぼんやり立ってゐる……
みちはほのじろく向ふへながれ
一つの木立の窪みから
赤く濁った火星がのぼり
鳥は二羽だけいつかこっそりやって来て
何か冴え冴え軋って行った
あゝ風が吹いてあたたかさや銀の分子《モリキル》
あらゆる四面体の感触を送り
蛍が一そう乱れて飛べば
鳥は雨よりしげくなき
わたくしは死んだ妹の声を
林のはてのはてからきく
  ……それはもうさうでなくても
    誰でもおなじことなのだから
    またあたらしく考へ直すこともない……
草のいきれとひのきのにほひ
鳥はまた一そうひどくさわぎだす
どうしてそんなにさわぐのか
田に水を引く人たちが
抜き足をして林のへりをあるいても
南のそらで星がたびたび流れても
べつにあぶないことはない
しづかに
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