気岸の線を
さびしくぐらぐら漂流する
    (水は水銀で
     風はかんばしいかをりを持ってくると
     さういふ型の考へ方も
     やっぱり鬼神の範疇である)
アイヌはいつか向ふへうつり
蛾はいま岸の水ばせうの芽をわたってゐる
[#改ページ]

  一一六  津軽海峡
[#地付き]一九二四、五、一九、

南には黒い層積雲の棚ができて
二つの古びた緑青いろの半島が
こもごもひるの疲れを払ふ
   ……しばしば海霧を析出する
     二つの潮の交会点……
波は潜まりやきらびやかな点々や
反覆される異種の角度の正反射
あるいは葱緑と銀との縞を織り
また錫病と伯林青《プルシャンブルウ》
水がその七いろの衣裳をかへて
朋に誇ってゐるときに
   ……喧《かしま》びやしく澄明な
     東方風の結婚式……
船はけむりを南にながし
水脈は凄美な砒素鏡になる

早くも北の陽ざしの中に
蝦夷の陸地の起伏をふくみ
また雨雲の渦巻く黒い尾をのぞむ
[#改ページ]

  一一八  函館港春夜光景
[#地付き]一九二四、五、一九、

地球照ある七日の月が、
海峡の西にかかって、
岬の黒い山々
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