んと嘴をぶっつけて
またべつべつに飛んで行く
ひとすぢつめたい南の風が
なにかあやしいかをりを運び
その高原の雲のかげ
青いベールの向ふでは
もうつゝどりもうぐひすも
ごろごろごろごろ鳴いてゐる
[#改ページ]
二五八 渇水と座禅
[#地付き]一九二五、六、一二、
にごって泡だつ苗代の水に
一ぴきのぶりき色した鷺の影が
ぼんやりとして移行しながら
夜どほしの蛙の声のまゝ
ねむくわびしい朝間になった
さうして今日も雨はふらず
みんなはあっちにもこっちにも
植ゑたばかりの田のくろを
じっとうごかず座ってゐて
めいめい同じ公案を
ここで二昼夜商量する……
栗の木の下の青いくらがり
ころころ鳴らす樋《ドヒ》の上に
出羽三山の碑をしょって
水下ひと目に見渡しながら
遅れた稲の活着の日数
分蘖の日数出穂の時期を
二たび三たび計算すれば
石はつめたく
わづかな雲の縞が冴えて
西の岩鐘一列くもる
[#改ページ]
三六六 鉱染とネクタイ
[#地付き]一九二五、七、一九、
蠍の赤眼が南中し
くはがたむしがうなって行って
房や星雲の附属した
青じろい浄瓶星座がでてくると
そらは立派な古代意慾の曼陀羅になる
……峡いっぱいに蛙がすだく……
(こゝらのまっくろな蛇紋岩には
イリドスミンがはひってゐる)
ところがどうして
空いちめんがイリドスミンの鉱染だ
世界ぜんたいもうどうしても
あいつが要ると考へだすと
……虹のいろした野風呂の火……
南はきれいな夜の飾窓《ショーウヰンドウ》
蠍はひとつのまっ逆さまに吊るされた、
夏ネクタイの広告で
落ちるかとれるか
とにかくそいつがかはってくる
赤眼はくらいネクタイピンだ
[#改ページ]
三六八 種山ヶ原
[#地付き]一九二五、七、一九、
まっ青に朝日が融けて
この山上の野原には
濃艶な紫いろの
アイリスの花がいちめん
靴はもう露でぐしゃぐしゃ
図板のけいも青く流れる
ところがどうもわたくしは
みちをちがへてゐるらしい
ここには谷がある筈なのに
こんなうつくしい広っぱが
ぎらぎら光って出てきてゐる
山鳥のプロペラアが
三べんもつゞけて立った
さっきの霧のかかった尾根は
たしかに地図のこの尾根だ
溶け残ったパラフ※[#小書き片仮名ヰ、515−2]ンの霧が
底によどんでゐた、谷は、
たしかに地図の
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