ころにかけたりなんかしてゐると
あんな遠くのうす墨いろの野原まで
葉擦れの音も聞えてゐたし
どこからどんな苦情が来ないもんでない
だいいちそうら
そうら あんなに
苗代の水がおはぐろみたいに黒くなり
畦に植わった大豆《まめ》もどしどし行列するし
十三日のけぶった月のあかりには
十字になった白い暈さへあらはれて
空も魚の眼球《めだま》に変り
いづれあんまり碌でもないことが
いくらもいくらも起ってくる
おまへは底びかりする北ぞらの
天河石《アマゾンストン》のところなんぞにうかびあがって
風をま喰《くら》ふ野原の慾とふたりづれ
威張って稲をかけてるけれど
おまへのだいじな女房は
地べたでつかれて酸乳みたいにやはくなり
口をすぼめてよろよろしながら
丸太のさきに稲束をつけては
もひとつもひとつおまへへ送り届けてゐる
どうせみんなの穫れない歳を
逆に旱魃《ひでり》でみのった稲だ
もういゝ加減区劃りをつけてはねおりて
鳥が渡りをはじめるまで
ぐっすり睡るとしたらどうだ
[#改ページ]

  三二〇  ローマンス(断片)
[#地付き]一九二四、一〇、一二、

ぼくはもいちど見て来ますから
あなたはここで
月のあかりの汞から
咽喉だの胸を犯されないやう
よく気を付けて待っててください

あの綿火薬のけむりのことなぞ
もうお考へくださいますな

   最後にひとつの積乱雲が
   ひどくちぢれて砕けてしまふ
[#改ページ]

  三三一 凍雨
[#地付き]一九二四、一〇、二四、

つめたい雨も木の葉も降り
町へでかけた用|足《タシ》たちも
背簑《ケラ》をぬらして帰ってくる
  ……凍らす風によみがへり
    かなしい雲にわらふもの……
牆林《ヤグネ》は黝く
上根子堰の水もせゝらぎ
風のあかりやおぼろな雲に洗はれながら
きゃらの樹が塔のかたちにつくられたり
崖いっぱいの萱の根株が
妖しい紅《べに》をくゆらしたり
  ……さゝやく風に目を瞑り
    みぞれの雲にあへぐもの……
北は鍋倉円満寺
南は太田飯豊笹間
小さな百の組合を
凍ってめぐる白の天涯
[#改ページ]

  三二九
[#地付き]一九二四、一〇、二六、

野馬がかってにこさへたみちと
ほんとのみちとわかるかね?

なるほどおほばこセンホイン
その実物もたしかかね?

おんなじ型の黄いろな丘を
ずんずん数へて来れるかね?


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