(おゝ栗樹《カスタネア》 花去りて
       その実はなほし杳かなり)
鳥がどこかで
また青じろい尖舌《シタ》を出す
[#改ページ]

  三〇七
[#地付き]一九二四、九、二七、

しばらくぼうと西日に向ひ
またいそがしくからだをまげて
重ねた粟を束ねだす
  こどもらは向ふでわらひ
  女たちも一生けん命
  古金のはたけに出没する
    ……崖はいちめん
      すすきの花のまっ白な火だ……
こんどはいきなり身構へて
繰るやうにたぐるやうに刈って行く
黝んで濁った赤い粟の稈
  ※[#始め二重括弧、1−2−54]かべ いいいい い
   なら いいいい い※[#終わり二重括弧、1−2−55]
    ……あんまり萱穂がひかるので
      こどもらまでがさわぎだす……
濁って赤い花青素《アントケアン》の粟ばたで
ひとはしきりにはたらいてゐる
    ……風にゆすれる蓼の花
      ちぢれて傷む西の雲……
  女たちも一生けん命
  くらい夕陽の流れを泳ぐ
    ……萱にとびこむ百舌の群
      萱をとびたつ百舌の群……
抱くやうにたぐるやうに刈って行く
黝んで赤い粟の稈
    ……はたけのへりでは
      麻の油緑も一れつ燃える……
  ※[#始め二重括弧、1−2−54]デデッポッポ
   デデッポッポ※[#終わり二重括弧、1−2−55]
    ……こっちでべつのこどもらが
      みちに板など持ちだして
      とびこえながらうたってゐる……
はたけの方のこどもらは
もう風や夕陽の遠くへ行ってしまった
[#改ページ]

  三〇九
[#地付き]一九二四、一〇、二、

南のはてが
灰いろをしてひかってゐる
ちぎれた雲のあひだから
そらと川とがしばらく闇に映《は》え合ふのだ
そこから岸の林をふくみ
川面いっぱいの液を孕んで
風がいっさん溯ってくる
ああまっ甲におれをうつ
……ちぎれた冬の外套を
  翼手のやうにひるがへす……
    (われ陀羅尼珠を失ふとき
     落魄ひとしく迫り来りぬ)
風がふたゝびのぼってくる
こはれかかったらんかんを
嘲るやうにがたがた鳴らす
……どんなにおまへが潔癖らしい顔をしても
  翼手をもった肖像は
  もう乾板にはひってゐると……
    (人も世間もどうとも云へ
     おれ
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