に高くかかる。
みんなは七つ森の機嫌《きげん》の悪い暁の脚まで来た。道が俄《には》かに青々と曲る。その曲り角におれはまた空にうかぶ巨《おほ》きな草穂《くさぼ》を見るのだ。カアキイ色の一人の兵隊がいきなり向ふにあらはれて青い茂みの中にこゞむ。さうだ。あそこに湧水《わきみづ》があるのだ。
雲が光って山山に垂れ冷たい奇麗な朝になった。長い長い雫石《しづくいし》の宿に来た。犬が沢山|吠《ほ》え出した。けれどもみんなお互に争ってゐるのらしい。
葛根田《かっこんだ》川の河原におりて行く。すぎなに露が一ぱいに置き美しくひらめいてゐる。新鮮な朝のすぎなに。
いつかみんな睡《ねむ》ってゐたのだ。河本さんだけ起きてゐる。冷たい水を渉《わた》ってゐる。変に青く堅さうなからだをはだかになって体操をやってゐる。
睡ってゐる人の枕《まくら》もとに大きな石をどしりどしりと投げつける。安山岩の柱状節理、安山岩の板状節理。水に落ちてはつめたい波を立てうつろな音をあげ、目を覚ました、目を覚ました。低い銀の雲の下で愕《おどろ》いてよろよろしてゐる。それから怒ってゐる。今度はにがわらひをしてゐる。銀色の雲の下。
帰りみち、ひでり雨が降りまたかゞやかに霽《は》れる。そのかゞやく雲の原
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今日こそ飛んであの雲を踏め。
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けれどもいつか私は道に置きすてられた荷馬車の上に洋傘《かうもりがさ》を開いて立ってゐるのだ。
ひどい怒鳴り声がする。たしかに荷馬車の持ち主だ。怒りたけって走って来る。そのほっペたが腐って黒いすもものやう、いまにも穴が明きさうだ。癩病《らいびゃう》にちがひない。さびしいことだ。
虹《にじ》がたってゐる。虹の脚にも月見草が咲き又こゝらにもそのバタの花。一つぶ二つぶひでりあめがきらめき、去年の堅い褐色《かっしょく》のすがれに落ちる。
すっかり晴れて暑くなった。雫石《しづくいし》川の石垣《いしがき》は烈《はげ》しい草のいきれの中にぐらりぐらりとゆらいでゐる。その中でうとうとする。
遠くの楊《やなぎ》の中の白雲でくわ[#「わ」は小書き]くこうが啼《な》いた。
「あの鳥はゆふべ一晩なき通しだな。」
「うんうん鳴いてゐた。」誰《たれ》かが云ってゐる。
底本:「新修宮沢賢治全集 第十四巻」筑摩書房
1980(昭和
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