つき》。見だぐなぃ。どこさでもけづがれ。びっき。)嘉吉はまるで落《お》ちはじめたなだれのように膳《ぜん》を向《むこ》うへけ飛《と》ばした。おみちはとうとううつぶせになって声をあげて泣《な》き出した。
(何だぃ。あったな雨|降《ふ》れば無《な》ぐなるような奴凧《ひとつこぱだ》こさ、食えの申《もう》し訳《わ》げなぃの機嫌《きげん》取《と》りやがて。)嘉吉はまたそう云ったけれどもすこしもそれに逆《さから》うでもなくただ辛《つら》そうにしくしく泣いているおみちのよごれた小倉《こくら》の黒いえりや顫《ふる》うせなかを見ていると二人とも何年ぶりかのただの子供《こども》になってこの一日をままごとのようにして遊《あそ》んでいたのをめちゃめちゃにこわしてしまったようでからだが風と青い寒天《かんてん》でごちゃごちゃにされたような情《なさけ》ない気がした。
(おみち何でぁその年してでわらすみだぃに。起《お》ぎろったら。起ぎで片付《かたづ》げろったら。)
おみちは泣《な》きじゃくりながら起きあがった。そしてじぶんはまだろくに食べもしなかった膳《ぜん》を片付けはじめた。
嘉吉《かきち》はマッチをすってたばこを二つ三つのんだ。それから横《よこ》からじっとおみちを見るとまだ泣きたいのを無理《むり》にこらえて口をびくびくしながらぼんやり眼《め》を赤くしているのが酔《よ》った狸《たぬき》のようにでも見えた。嘉吉は矢もたてもたまらず俄《にわ》かにおみちが可哀《かわい》そうになってきた。
嘉吉はじっと考えた。おみちがさっきのあの顔いろはこっちの邪推《じゃすい》かもしれない。
及《およ》びもしないあんな男をいきなり一言《ひとこと》二言はなしてそんなことを考えるなんてあることでない。そうだとするとおれがあんな大学生とでも引け目なしにぱりぱり談《はな》した。そのおれの力を感《かん》じていたのかも知れない。それにおれには鉱夫《こうふ》どもにさえ馬鹿《ばか》にはされない肩《かた》や腕《うで》の力がある。あんなひょろひょろした若造《わかぞう》にくらべては何と云《い》ってもおみちにはおれのほうが勝《か》ち目《め》がある。
(おみち、ちょっとこさ来《こ》。)嘉吉《かきち》が云《い》った。
おみちはだまって来て首を垂《た》れて座《すわ》った。
(うなまるで冗談《じょうだん》づごと判《わが》らなぃで面白《おもしろ》ぐなぃもな。盆《ぼん》の十六日ぁ遊《あそ》ばなぃばつまらなぃ。おれ云ったなみんなうそさ。な。それでもああいうきれいな男うなだて好《す》ぎだべ。)(好かなぃ。)おみちが甘《あま》えるように云った。
(好ぎたって云ったらおれごしゃぐど思うが。そのこらぃなごと云ってごしゃぐような水臭《みずくさ》ぃおらだなぃな。誰《だれ》だってきれいなものすぎさな。おれだって伊手《いで》ででもいいあねこ見ればその話だてするさ。あのあんこだて好《す》ぎだべ。好ぎだて云え。こう云うごとほんと云うごそ実《じつ》ぁあるづもんだ。な。好ぎだべ。)おみちは子供《こども》のようにうなずいた。嘉吉はまだくしゃくしゃ泣《な》いておどけたような顔をしたおみちを抱《だ》いてこっそり耳へささやいた。(そだがらさ、あのあんこ肴《さかな》にして今日ぁ遊ぶべじゃい。いいが。おれあのあんこうなさ取《と》り持《も》づ。大丈夫《だいじょうぶ》だでばよ。おれこれがら出掛《でか》げて峠《とうげ》さ行ぐまでに行ぎあって今夜の踊《おど》り見るべしてすすめるがらよ、なあにどごまで行がなぃやなぃようだなぃがけな。そして踊り済《す》まってがら家さ連《つ》れで来ておれ実家《じっか》さ行って泊《とま》って来るがらうなこっちで泣いて頼《たの》んでみなよ。おれの妹だって云えばいいがらよ。そしてさ出来ればよ、うなも町さ出はてもうんといい女子だづごともわがら。)
おみちの胸《むね》はこの悪魔《あくま》のささやきにどかどか鳴った。それからいきなり嘉吉《かきち》をとび退《の》いて、
(何云うべ、この人あ、人ばがにして。)そして爽《さわや》かに笑《わら》った。嘉吉もごろりと寝《ね》そべって天井《てんじょう》を見ながら何べんも笑った。そこでおみちははじめて晴れ晴れじぶんの拵《こしら》えた寒天《かんてん》もたべた。餅《もち》もたべた。キャラメルの箱《はこ》と敷島《しきしま》は秋らしい日光のなかにしずかに横《よこた》わった。
底本:「ポラーノの広場」角川文庫、角川書店
1996(平成8)年6月25日初版発行
底本の親本:「新校本 宮澤賢治全集」筑摩書房
1995(平成7)年5月
入力:ゆうき
校正:noriko saito
2009年8月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://ww
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