しました。ちょっとお尋《たず》ねしますが、この上流《じょうりゅう》に水車がありましょうか。)若《わか》いかばんを持《も》って鉄槌《かなづち》をさげた学生だった。(さあ、お前さんどこから来なすった。)嘉吉は少しむかっぱらをたてたように云った。
(仙台《せんだい》の大学のもんですがね。地図にはこの家がなく水車があるんです。)(ははあ。)嘉吉《かきち》は馬鹿《ばか》にしたように云《い》った。青年はすっかり照《て》れてしまった。
(まあ地図をお見せなさい。お掛《か》けなさい。)嘉吉は自分も前|小林区《しょうりんく》に居《い》たので地図は明るかった。学生は地図を渡《わた》しながら云われた通りしきいに腰掛《こしか》けてしまった。おみちはすぐ台所《だいどころ》の方へ立って行って手早く餅《もち》や海藻《かいそう》とささげを煮《に》た膳《ぜん》をこしらえて来て、
(おあが※[#小書き平仮名ん、134−7]な※[#小書き平仮名ん、134−7]え)と云った。
(こいつあ水車じゃありませんや。前じきそこにあったんですが掛手《かけて》金山の精錬所《せいれんじょ》でさ。)(ああ、金鉱《きんこう》を搗《つ》くあいつですね。)(ええ、そう、そう、水車って云えば水車でさあ。ただ粟《あわ》や稗《ひえ》を搗くんでない金を搗くだけで。)(そしてお家はまだ建《た》たなかったんですね、いやお食事《しょくじ》のところをお邪魔《じゃま》しました。ありがとうございました。)
 学生は立とうとした。嘉吉はおみちの前でもう少してきぱき話をつづけたかったし、学生がすこしもこっちを悪《わる》く受《う》けないのが気に入ってあわてて云った。(まあ、ひとつおつき合いなさい。ここらは今日|盆《ぼん》の十六日でこうして遊《あそ》んでいるんです。かかあもせっ角《かく》拵《こさ》えたのお客《きゃく》さんに食べていただかなぃと恥《はじ》かきますから。)(おあがんな※[#小書き平仮名ん、134−16]え。)おみちも低《ひく》く云った。
 学生はしばらく立っていたが決心《けっしん》したように腰《こし》をおろした。(そいじゃ頂《いただ》きますよ。)(はっは、なあに、こごらのご馳走《ちそう》てばこったなもんでは。そうするどあなだは大学では何のほうで。)(地質《ちしつ》です。もうからない仕事《しごと》で。)餅《もち》を噛《か》み切って呑《の》み下してまた云《い》った。(化石《かせき》をさがしに来たんです。)化石も嘉吉《かきち》は知っていた。(そこの岩にありしたか。)(ええ海百合《うみゆり》です。外でもとりました。この岩はまだ上流《じょうりゅう》にも二、三ヶ|所《しょ》出ていましょうね。)(はあはあ、出てます出てます。)学生は何でももう早く餅をげろ呑みにして早く生きたいようにも見えまたやっぱり疲《つか》れてもいればこういう款待《かんたい》に温《あたたか》さを感《かん》じてまだ止まっていたいようにも見えた。
(今日はそうせばとどこまで。)(ええ、峠《とうげ》まで行って引っ返《かえ》して来て県道《けんどう》を大船渡《おおふなと》へ出ようと思います。)
(今晩《こんばん》のお泊《とま》りは。)(姥石《うばいし》まで行けましょうか。)(はあ、ゆっくりでごあ※[#小書き平仮名ん、135−11]す。)(いや、どうも失礼《しつれい》しました。ほんとうにいろいろご馳走《ちそう》になって、これはほんの少しですが。)学生は鞄《かばん》から敷島《しきしま》を一つとキャラメルの小さな箱《はこ》を出して置《お》いた。(なあにす、そたなごとお前さん。)おみちは顔を赤くしてそれを押《お》し戻《もど》した。
(もうほんの。)学生はさっさと出て行った。(なあんだ。あと姥石まで煙草《たばこ》売るどこなぃも。ぼかげで置《お》いで来《こ》。)おみちは急《いそ》いで草履《ぞうり》をつっかけて出たけれども間もなく戻って来た。(脚《あし》早くて。とっても。)(若《わか》いがら律儀《りちぎ》だもな。)嘉吉《かきち》はまたゆっくりくつろいでうすぐろいてんを砕《くだ》いて醤油《しょうゆ》につけて食った。
 おみちは娘《むすめ》のような顔いろでまだぼんやりしたように座《すわ》っていた。それは嘉吉がおみちを知ってからわずかに二|度《ど》だけ見た表情《ひょうじょう》であった。
(おらにもああいう若ぃづぎあったんだがな、ああいう面白《おもしろ》い目見る暇《ひま》なぃがったもな。)嘉吉が云《い》った。
(あん。)おみちはまだぼんやりして何か考えていた。
 嘉吉はかっとなった。
(じゃぃ、はきはきど返事《へんじ》せじゃ。何でぁ、あたな人形こさ奴《やつ》さぁすぐにほれやがて。)
(何云うべこの人ぁ。)おみちはさぁっと青じろくなってまた赤くなった。
(ええ糞《くそ》そのつら付《
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