ぐらっとゆれ、みんなはぼかっとして呆れてしまいました。猫は嘉ッコの手から滑《すべ》り落ちて、ぶるるっとからだをふるわせて、それから一目散にどこかへ走って行ってしまいました。「ガリガリッ、ゴロゴロゴロゴロ。」音は続き、それからバァッと表の方が鳴って何か石ころのようなものが一散に降って来たようすです。
「お雷《らい》さんだ。」おじいさんが云いました。
「雹《ひょう》だ。」お父さんが云いました。ガアガアッというその雹の音の向うから、
「ホーォ。」ととなりの善コの声が聞えます。
「ホーォ。」と嘉ッコが答えました。
「ホーォォ。」となりで又叫んでいます。
「ホーォォー。」嘉ッコが咽喉《のど》一杯|笛《ふえ》のようにして叫びました。
 俄に外の音はやみ、淵《ふち》の底のようにしずかになってしまって気味が悪いくらいです。
 嘉ッコの兄さんは雹を取ろうと下駄《げた》をはいて表に出ました。嘉ッコも続いて出ました。空はまるで新らしく拭《ふ》いた鏡のようになめらかで、青い七日ごろのお月さまがそのまん中にかかり、地面はぎらぎら光って嘉ッコは一寸《ちょっと》氷砂糖をふりまいたのだとさえ思いました。
 南のずうっと向うの方は、白い雲か霧《きり》かがかかり、稲光《いなびか》りが月あかりの中をたびたび白く渡《わた》ります。二人は雀《すずめ》の卵ぐらいある雹の粒《つぶ》をひろって愕《おど》ろきました。
「ホーォ。」善コの声がします。
「ホーォ。」嘉ッコと嘉ッコの兄さんとは一所に叫びながら垣根《かきね》の柳の木の下まで出て行きました。となりの垣根からも小さな黒い影《かげ》がプイッと出てこっちへやって参ります。善コです。嘉ッコは走りました。
「ほお、雹だじゃぃ。大きじゃぃ。こったに大きじゃぃ。」
 善コも一杯つかんでいました。
「俺家《おらい》のなもこの位あるじゃぃ。」
 稲ずまが又白く光って通り過ぎました。
「あ、山山のへっぴり伯父。」嘉ッコがいきなり西を指さしました。西根の山山のへっぴり伯父は月光に青く光って長々とからだを横たえました。



底本:「新編風の又三郎」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年2月25日発行
   1989(平成元)年6月10日2刷
入力:蒋龍
校正:noriko saito
2008年7月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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