廻ってゐるやうに思はれました。そして、たうとう、大きなてっぺんの焼けた栗《くり》の木の前まで来た時、ぼんやり幾つにも岐《わか》れてしまひました。
 其処《そこ》は多分は、野馬の集まり場所であったでせう、霧の中に円い広場のやうに見えたのです。
 達二はがっかりして、黒い道を又戻りはじめました。知らない草穂《くさぼ》が静かにゆらぎ、少し強い風が来る時は、どこかで何かが合図をしてでも居るやうに、一面の草が、それ来たっとみなからだを伏せて避けました。
 空が光ってキインキインと鳴ってゐます。それからすぐ眼の前の霧の中に、家の形の大きな黒いものがあらはれました。達二はしばらく自分の眼を疑って立ちどまってゐましたが、やはりどうしても家らしかったので、こはごはもっと近寄って見ますと、それは冷たい大きな黒い岩でした。
 空がくるくるくるっと白く揺らぎ、草がバラッと一度に雫《しづく》を払ひました。
(間違って原を向ふ側へ下りれば、もうおらは死ぬばかりだ)と達二は、半分思ふ様に半分つぶやくやうにしました。それから叫びました。
「兄《あい》な[#「な」は小書き]、兄な[#「な」は小書き]、居るが。兄な[#「な」は小書き]。」
 又明るくなりました。草がみな一斉に悦《よろこ》びの息をします。
「伊佐戸《いさど》の町の、電気工夫の童《わらす》ぁ、山男に手足ぃ縛らへてたふうだ。」といつか誰《たれ》かの話した語《ことば》が、はっきり耳に聞えて来ます。
 そして、黒い路が、俄《にはか》に消えてしまひました。あたりがほんのしばらくしいんとなりました。それから非常に強い風が吹いて来ました。
 空が旗のやうにぱたぱた光って翻へり、火花がパチパチパチッと燃えました。
 達二はいつか、草に倒れてゐました。
 そんなことはみんなぼんやりしたもやの中の出来事のやうでした。牛が逃げたなんて、やはり夢だかなんだかわかりませんでした。風だって一体吹いてゐたのでせうか。
 達二はみんなと一緒に、たそがれの県道を歩いてゐたのです。
 橙《だいだい》色の月が、来た方の山からしづかに登りました。伊佐戸の町で燃す火が、赤くゆらいでゐます。
「さあ、みんな支度はいゝが。」誰かが叫びました。
 達二はすっかり太い白いたすきを掛けてしまって、地面をどんどん踏みました。楢夫《ならを》さんが空に向って叫んだのでした。
「ダー、ダー、ダー
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