ろのように落ちました。そこには桜草がいちめん咲いてその中から桃色のかげろうのような火がゆらゆらゆらゆら燃えてのぼって居りました。そのほのおはすきとおってあかるくほんとうに呑《の》みたいくらいでした。
若い木霊はしばらくそのまわりをぐるぐる走っていましたがとうとう
「ホウ、行くぞ。」と叫んでそのほのおの中に飛び込《こ》みました。
そして思わず眼《め》をこすりました。そこは全くさっき蟇《ひきがえる》がつぶやいたような景色でした。ペラペラの桃色の寒天で空が張られまっ青な柔《やわ》らかな草がいちめんでその処々《ところどころ》にあやしい赤や白のぶちぶちの大きな花が咲いていました。その向うは暗い木立で怒鳴《どな》りや叫びががやがや聞えて参ります。その黒い木をこの若い木霊は見たことも聞いたこともありませんでした。木霊はどきどきする胸を押えてそこらを見まわしましたが鳥はもうどこへ行ったか見えませんでした。
「鴾、鴾、どこに居るんだい。火を少しお呉れ。」
「すきな位持っておいで。」と向うの暗い木立の怒鳴りの中から鴾の声がしました。
「だってどこに火があるんだよ。」木霊はあたりを見まわしながら叫びました。
「そこらにあるじゃないか。持っといで。」鴾が又答えました。
木霊はまた桃色のそらや草の上を見ましたがなんにも火などは見えませんでした。
「鴾、鴾、おらもう帰るよ。」
「そうかい。さよなら。えい畜生《ちくしょう》。スペイドの十を見損《みそこな》っちゃった。」と鴾が黒い森のさまざまのどなりの中から云いました。
若い木霊は帰ろうとしました。その時森の中からまっ青な顔の大きな木霊が赤い瑪瑙《めのう》のような眼玉をきょろきょろさせてだんだんこっちへやって参りました。若い木魂《こだま》は逃《に》げて逃げて逃げました。
風のように光のように逃げました。そして丁度前の栗の木の下に来ました。お日さまはまだまだ明るくかれ草は光りました。
栗の木の梢《こずえ》からやどり木が鋭《するど》く笑って叫びました。
「ウワーイ。鴾にだまされた。ウワーイ。鴾にだまされた。」
「何云ってるんだい。小《ぴゃ》っこ。ふん。おい、栗の木。起きろい。もう春だぞ。」
若い木霊は顔のほてるのをごまかして栗の木の幹にそのすきとおる大きな耳をあてました。
栗の木の幹はしいんとして何の音もありません。
「ふん、まだ、少し
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