。」
 若い木霊の胸はどきどきして息はその底で火でも燃えているように熱くはあはあするのでした。木霊はそっと窪地をはなれました。次の丘には栗《くり》の木があちこちかがやくやどり木のまりをつけて立っていました。
 そのまりはとんぼのはねのような小さな黄色の葉から出来ていました。その葉はみんな遠くの青いそらに飛んで行きたそうでした。
 若い木霊はそっちに寄って叫びました。
「おいおい、栗の木、まだ睡《ねむ》ってるのか。もう春だぞ。おい、起きないか。」
 栗の木は黙《だま》ってつめたく立っていました。若い木霊はその幹にすきとおる大きな耳をあててみましたが中はしんと何の音も聞こえませんでした。
 若い木霊はそこで一寸《ちょっと》意地悪く笑って青ぞらの下の栗の木の梢《こずえ》を仰《あお》いで黄金《きん》色のやどり木に云いました。
「おい。この栗の木は貴様らのおかげでもう死んでしまったようだよ。」
 やどり木はきれいにかがやいて笑って云いました。
「そんなこと云っておどそうたって駄目《だめ》ですよ。睡ってるんですよ。僕《ぼく》下りて行ってあなたと一緒《いっしょ》に歩きましょうか。」
「ふん。お前のような小さなやつがおれについて歩けると思うのかい。ふん。さよならっ。」
 やどり木は黄金色のべそをかいて青いそらをまぶしそうに見ながら「さよなら。」と答えました。
 若い木霊は思わず「アハアハハハ」とわらいました。その声はあおぞらの滑《なめ》らかな石までひびいて行きましたが又それが波になって戻《もど》って来たとき木霊はドキッとしていきなり堅《かた》く胸を押《おさ》えました。
 そしてふらふら次の窪地にやって参りました。
 その窪地はふくふくした苔《こけ》に覆《おお》われ、所々やさしいかたくりの花が咲いていました。若い木だまにはそのうすむらさきの立派な花はふらふらうすぐろくひらめくだけではっきり見えませんでした。却《かえ》ってそのつやつやした緑色の葉の上に次々せわしくあらわれては又消えて行く紫色《むらさきいろ》のあやしい文字を読みました。
「はるだ、はるだ、はるの日がきた、」字は一つずつ生きて息をついて、消えてはあらわれ、あらわれては又消えました。
「そらでも、つちでも、くさのうえでもいちめんいちめん、ももいろの火がもえている。」
 若い木霊ははげしく鳴る胸を弾《はじ》けさせまいと堅く堅く
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