おまへも早く飛びだして来て
あすこの稜ある巌の上
葉のない黒い林のなかで
うつくしいソプラノをもった
おれたちのなかのひとりと
約束通り結婚しろ」と
繰り返し繰り返し
風がおもてで叫んでゐる
[#改ページ]

  〔胸はいま〕


胸はいま
熱くかなしい鹹湖であって
岸にはじつに二百里の
まっ黒な鱗木類の林がつゞく
そしていったいわたくしは
爬虫がどれか鳥の形にかはるまで
じっとうごかず
寝てゐなければならないのか
[#改ページ]

  〔こんなにも切なく〕


こんなにも切なく
青じろく燃えるからだを
巨きな槌でこもごも叩き
まだまだ練へなければならないと
さう云ってゐる誰かがある
たしかに二人巨きなやつらで
かたちはどうも見えないけれども
声はつゞけて聞こえてくる
 (モシャさんあなたのでない?)
返事がなくて
ぽろんと一音ハープが鳴る
[#改ページ]

  〔まなこをひらけば四月の風が〕


まなこをひらけば四月の風が
瑠璃のそらから崩れて来るし
もみぢは嫩いうすあかい芽を
窓いっぱいにひろげてゐる
ゆふべからの血はまだとまらず
みんなはわたくしをみつめてゐる

またなまぬるく
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