おとづれてきみはあれども
あゝきみもさかなの歯して
青々とうちもわらへる
その群のひとりなりけり
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  S博士に


博士よきみの声顫ひ
暗きに面をそむくるは
熱とあへぎに耐へずして
今宵わが身の果てんとか

あゝ勇猛と精進の
ねがひはつねにありしかど
あしたあしたを望みつゝ
早くいのちは過ぎにけり

しかればきみが求むらん
奇蹟はわれが分ならず
たゞ知りたまへちゝはゝに
そむけるはかくさびしく死する
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  〔美しき夕陽の色なして〕


美しき夕陽の色なして
一つの呼気は一年を
わが上方に展くなり
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  〔まどろみ過ぐる百年は〕


まどろみ過ぐる百年は
醒めての時といづかたぞ

いまわれやみてわがいのち
いつともしらぬ今日なれば
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  〔疾いま革まり来て〕


疾いま革まり来て
わが額に死の気配あり

いざさらばわが業のまゝ
いづくにもふたゝび生《あ》れん

たゞひたにうちねがへるは
すこやけき身をこそ受けて
もろもろの恩をも報じ
もろびとの苦をも負ひ得ん

さてはまたなやみのなかと
数しらぬなげきのなかに
すなほなるこゝろをもちて
よろこばんその性を得ん

さらばいざ死《しに》よとり行け
この世にてわが経ざりける
数々の快楽の列は
われよりも美しけきひとの
すこやかにうちも得ななん
そのことぞいとゞたのしき
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  〔手は熱く足はなゆれど〕


手は熱く足はなゆれど
われはこれ塔建つるもの

滑り来し時間の軸の
をちこちに美ゆくも成りて
燦々と暗をてらせる
その塔のすがたかしこし
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  〔あゝ今日ここに果てんとや〕


あゝ今日ここに果てんとや
燃ゆるねがひはありながら
外のわざにのみまぎらひて
十年はつひに過ぎにけり

懺悔の汗に身をば燃し
もだえの血をば吐きながら
たゞねがふらく蝕みし
この身捧げん壇あれと
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  〔その恐ろしい黒雲が〕


その恐ろしい黒雲が
またわたくしをとらうと来れば
わたくしは切なく熱くひとりもだえる
北上の河谷を覆ふ
あの雨雲と婚すると云ひ
森と野原をこもごも載せた
その洪積の大地を恋ふと
なかばは戯れに人にも寄せ
なかばは気を負ってほんたうにさうも思ひ
青い山河をさながらに
じぶんじしんと考へた
あゝそのことは私を責める
病の痛みや汗のなか
それらのうづまく黒雲や
紺青の地平線が
またまのあたり近づけば
わたくしは切なく熱くもだえる
あゝ父母よ弟よ
あらゆる恩顧や好意の後に
どうしてわたくしは
その恐ろしい黒雲に
からだを投げることができよう
あゝ友たちよはるかな友よ
きみはかゞやく穹窿や
透明な風 野原や森の
この恐るべき他の面を知るか
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〔丁丁丁丁丁〕


     丁丁丁丁丁
     丁丁丁丁丁
 叩きつけられてゐる 丁
 叩きつけられてゐる 丁
藻でまっくらな 丁丁丁
塩の海  丁丁丁丁丁
  熱  丁丁丁丁丁
  熱 熱   丁丁丁
    (尊々殺々殺
     殺々尊々々
     尊々殺々殺
     殺々尊々尊)
ゲニイめたうとう本音を出した
やってみろ   丁丁丁
きさまなんかにまけるかよ
  何か巨きな鳥の影
  ふう    丁丁丁
海は青じろく明け   丁
もうもうあがる蒸気のなかに
香ばしく息づいて泛ぶ
巨きな花の蕾がある
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  病


  高田
  藤沢  ……なのを
  太田  ……してくれない
  高崎
  菊池  ……松並木 暗いつゝみのあるところ
ひがんだ訓導准訓導が
もう二時間もがやがやがやがや云ってゐる
その青黒い方室は
絶対おれの胸ではないし
咽喉はのどだけ勝手にぶつぶつごろごろ云ふ
足は全然ありかも何もわからない
ポムプはがたがた叩いてゐる
ぼんやり青いあかりが見える
そんならかういふ考へてるのがおれかと云って
それはそれだけたゞありふれた反応で
おれだかなんだかわからない
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  〔眠らう眠らうとあせりながら〕


眠らう眠らうとあせりながら
つめたい汗と熱のまゝ
時計は四時をさしてゐる
わたくしはひとごとのやうに
きのふの四時のわたくしを羨む
あゝあのころは
わたくしは汗も痛みも忘れ
二十の軽い心躯にかへり
セピヤいろした木立を縫って
きれいな初冬の空気のなかを
石切たちの一むれと
大沢坂峠をのぼってゐた
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  〔風がおもてで呼んでゐる〕


風がおもてで呼んでゐる
「さあ起きて
赤いシャッツと
いつものぼろぼろの外套を着て
早くおもてへ出て来るんだ」と
風が交々叫んでゐる
「おれたちはみな
おまへの出るのを迎へるために
おまへのすきなみぞれの粒を
横ぞっぱうに飛ばしてゐる
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