病の痛みや汗のなか
それらのうづまく黒雲や
紺青の地平線が
またまのあたり近づけば
わたくしは切なく熱くもだえる
あゝ父母よ弟よ
あらゆる恩顧や好意の後に
どうしてわたくしは
その恐ろしい黒雲に
からだを投げることができよう
あゝ友たちよはるかな友よ
きみはかゞやく穹窿や
透明な風 野原や森の
この恐るべき他の面を知るか
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〔丁丁丁丁丁〕


     丁丁丁丁丁
     丁丁丁丁丁
 叩きつけられてゐる 丁
 叩きつけられてゐる 丁
藻でまっくらな 丁丁丁
塩の海  丁丁丁丁丁
  熱  丁丁丁丁丁
  熱 熱   丁丁丁
    (尊々殺々殺
     殺々尊々々
     尊々殺々殺
     殺々尊々尊)
ゲニイめたうとう本音を出した
やってみろ   丁丁丁
きさまなんかにまけるかよ
  何か巨きな鳥の影
  ふう    丁丁丁
海は青じろく明け   丁
もうもうあがる蒸気のなかに
香ばしく息づいて泛ぶ
巨きな花の蕾がある
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  病


  高田
  藤沢  ……なのを
  太田  ……してくれない
  高崎
  菊池  ……松並木 暗いつゝみのあるところ
ひがんだ訓導准訓導が
もう二時間もがやがやがやがや云ってゐる
その青黒い方室は
絶対おれの胸ではないし
咽喉はのどだけ勝手にぶつぶつごろごろ云ふ
足は全然ありかも何もわからない
ポムプはがたがた叩いてゐる
ぼんやり青いあかりが見える
そんならかういふ考へてるのがおれかと云って
それはそれだけたゞありふれた反応で
おれだかなんだかわからない
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  〔眠らう眠らうとあせりながら〕


眠らう眠らうとあせりながら
つめたい汗と熱のまゝ
時計は四時をさしてゐる
わたくしはひとごとのやうに
きのふの四時のわたくしを羨む
あゝあのころは
わたくしは汗も痛みも忘れ
二十の軽い心躯にかへり
セピヤいろした木立を縫って
きれいな初冬の空気のなかを
石切たちの一むれと
大沢坂峠をのぼってゐた
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  〔風がおもてで呼んでゐる〕


風がおもてで呼んでゐる
「さあ起きて
赤いシャッツと
いつものぼろぼろの外套を着て
早くおもてへ出て来るんだ」と
風が交々叫んでゐる
「おれたちはみな
おまへの出るのを迎へるために
おまへのすきなみぞれの粒を
横ぞっぱうに飛ばしてゐる
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