呉《け》でやべか。それ、鹿、来て喰《け》」と嘉十はひとりごとのように言って、それをうめばちそうの白い花の下に置きました。それから荷物をまたしょって、ゆっくりゆっくり歩きだしました。
ところが少し行ったとき、嘉十はさっきのやすんだところに、手拭《てぬぐい》を忘れて来たのに気がつきましたので、急いでまた引っ返しました。あのはんのきの黒い木立がじき近くに見えていて、そこまで戻《もど》るぐらい、なんの事でもないようでした。
けれども嘉十はぴたりとたちどまってしまいました。
それはたしかに鹿のけはいがしたのです。
鹿が少くても五六|疋《ぴき》、湿《しめ》っぽいはなづらをずうっと延ばして、しずかに歩いているらしいのでした。
嘉十はすすきに触《ふ》れないように気を付けながら、爪立《つまだ》てをして、そっと苔を踏《ふ》んでそっちの方へ行きました。
たしかに鹿はさっきの栃の団子にやってきたのでした。
「はあ、鹿等《しかだ》あ、すぐに来たもな。」と嘉十は咽喉《のど》の中で、笑いながらつぶやきました。そしてからだをかがめて、そろりそろりと、そっちに近よって行きました。
一むらのすすきの陰《かげ
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