指してゐた長い針が俄《には》かに電《いなづま》のやうに飛んで、一ぺんに六時十五分の所まで来てぴたっととまりました。
「何だ、この時計、針のねぢが緩んでるんだ。」
 赤シャツの農夫は大声で叫んで立ちあがりました。みんなもも一度わらひました。
 赤シャツの農夫は、窓ぶちにのぼって、時計の蓋《ふた》をひらき、針をがたがた動かして見てから、盤に書いてある小さな字を読みました。
「この時計、上等だな。巴里《パリ》製だ。針がゆるんだんだ。」
 農夫は針の上のねぢをまはしました。
「修繕したのか。汝《うな》、時計屋に居たな。」炉のそばの年老《としと》った農夫が云ひました。若い農夫は、も一度自分の腕時計に柱時計の針を合せて、安心したやうに蓋をしめ、ぴょんと土間にはね降りました。
 外では雪がこんこんこんこん降り、酒を《の》呑みに出掛けた人たちも、停車場まで行くのはやめたらうと思はれたのです。



底本:「新修宮沢賢治全集 第十巻」筑摩書房
   1979(昭和54)年9月15日初版第1刷発行
   1983(昭和58)年4月20日初版第5刷発行
入力:林 幸雄
校正:今井忠夫
2003年4月2日作成
前へ 次へ
全9ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング