く又ついて行きました。
「どうしておまへの足はさうがたがた鳴るんだい。第一やかましいや。僕のやうにそっとあるけないのかい。」
 狐が又次の室をあけようとしてふり向いて云ひました。
 仔牛はどうもうまく行かないといふやうに頭をふりながらまたどこか、なあに僕は人の家の中なんぞ入りたくないんだ、と思ひました。
「何だい、この室《へや》はきものばかりだい。見っともないや。」
 赤狐《あかぎつね》は扉《と》をしめて云ひました。僕はあのいつか公爵の子供が着て居た赤い上着なら見たいなあと仔牛は思ひましたけれどももう狐がぐんぐん向ふへ行くもんですから仕方なくついて行きました。
 狐はだまって今度は真鍮《しんちゅう》のてすりのついた立派なはしごをのぼりはじめました。どうして狐さんはあゝうまくのぼるんだらうと仔牛は思ひました。
「やかましいねえ、お前の足ったら、何て無器用なんだらう。」狐はこはい眼《め》をして指で仔牛をおどしました。
 はしご段をのぼりましたら一つの室があけはなしてありました。日が一ぱいに射《さ》して絨緞《じゅうたん》の花のもやうが燃えるやうに見えました。てかてかした円卓《まるテーブル》の上にまっ白な皿《さら》があってその上に立派な二房の黒ぶだうが置いてありました。冷たさうな影法師までちゃんと添へてあったのです。
「さあ、喰べよう。」狐はそれを取ってちょっと嚊《か》いで検査するやうにしながら云ひました。
「おい、君もやり給《たま》へ。蜂蜜《はちみつ》の匂《にほひ》もするから。」狐は一つぶべろりとなめてつゆばかり吸って皮と肉とさねは一しょに絨鍛の上にはきだしました。
「そばの花の匂もするよ。お食べ。」狐は二つぶ目のきょろきょろした青い肉を吐き出して云ひました。
「いゝだらうか。」僕はたべる筈《はず》がないんだがと仔牛は思ひながら一つぶ口でとりました。
「いゝともさ。」狐はプッと五つぶめの肉を吐き出しながら云ひました。
 仔牛はコツコツコツコツと葡萄《ぶだう》のたねをかみ砕いてゐました。
「うまいだらう。」狐はもう半ぶんばかり食ってゐました。
「うん、大へん、おいしいよ。」仔牛がコツコツ鳴らしながら答へました。
 そのとき下の方で
「ではあれはやっぱりあのまんまにして置きませう。」といふ声とステッキのカチッと鳴る音がして誰《たれ》か二三人はしご段をのぼって来るやうでした。

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