長靴をぶらさげたよ。はっはっは、いや迷惑《めいわく》したよ。それから英国ばかりじゃない、十二月ころ兵営へ行ってみると、おい、あかりをけしてこいと上等兵|殿《どの》に云われて新兵が電燈をふっふっと吹《ふ》いて消そうとしているのが毎年五人や六人はある。おれの兵隊にはそんなものは一人もないからな。おまえの町だってそうだ、はじめて電燈がついたころはみんながよく、電気会社では月に百|石《こく》ぐらい油をつかうだろうかなんて云ったもんだ。はっはっは、どうだ、もっともそれはおれのように勢力|不滅《ふめつ》の法則や熱力学第二則がわかるとあんまりおかしくもないがね、どうだ、ぼくの軍隊は規律がいいだろう。軍歌にもちゃんとそう云ってあるんだ。」
でんしんばしらは、みんなまっすぐを向いて、すまし込《こ》んで通り過ぎながら一きわ声をはりあげて、
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「ドッテテドッテテ、ドッテテド
でんしんばしらのぐんたいの
その名せかいにとどろけり。」
[#ここで字下げ終わり]
と叫びました。
そのとき、線路の遠くに、小さな赤い二つの火が見えました。するとじいさんはまるであわててしまいました。
「あ、いかん、汽車がきた。誰《たれ》かに見附《みつ》かったら大へんだ。もう進軍をやめなくちゃいかん。」
じいさんは片手を高くあげて、でんしんばしらの列の方を向いて叫びました。
「全軍、かたまれい、おいっ。」
でんしんばしらはみんな、ぴったりとまって、すっかりふだんのとおりになりました。軍歌はただのぐゎあんぐゎあんといううなりに変ってしまいました。
汽車がごうとやってきました。汽缶車《きかんしゃ》の石炭はまっ赤に燃えて、そのまえで火夫は足をふんばって、まっ黒に立っていました。
ところが客車の窓がみんなまっくらでした。するとじいさんがいきなり、
「おや、電燈が消えてるな。こいつはしまった。けしからん。」と云いながらまるで兎《うさぎ》のようにせ中をまんまるにして走っている列車の下へもぐり込みました。
「あぶない。」と恭一がとめようとしたとき、客車の窓がぱっと明るくなって、一人の小さな子が手をあげて
「あかるくなった、わあい。」と叫んで行きました。
でんしんばしらはしずかにうなり、シグナルはがたりとあがって、月はまたうろこ雲のなかにはいりました。
そして汽車は、もう停車場《ていしゃば》へ着いたようでした。
底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
1990(平成2)年5月25日発行
1997(平成9)年5月10日17刷
初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社
1924(大正13)年12月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年1月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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