三本うで木のまっ赤なエボレットをつけた兵隊があるいていることです。その軍歌はどうも、ふしも歌もこっちの方とちがうようでしたが、こっちの声があまり高いために、何をうたっているのか聞きとることができませんでした。こっちはあいかわらずどんどんやって行きます。
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「ドッテテドッテテ、ドッテテド、
 寒さはだえをつんざくも
 などて腕木《うでぎ》をおろすべき
 ドッテテドッテテ、ドッテテド
 暑さ硫黄をとかすとも
 いかでおとさんエボレット。」
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 どんどんどんどんやって行き、恭一は見ているのさえ少しつかれてぼんやりなりました。
 でんしんばしらは、まるで川の水のように、次から次とやって来ます。みんな恭一のことを見て行くのですけれども、恭一はもう頭が痛くなってだまって下を見ていました。
 俄《にわ》かに遠くから軍歌の声にまじって、
「お一二、お一二、」というしわがれた声がきこえてきました。恭一はびっくりしてまた顔をあげてみますと、列のよこをせいの低い顔の黄いろなじいさんがまるでぼろぼろの鼠《ねずみ》いろの外套《がいとう》を着て、でんしんばしらの列を見まわしながら
「お一二、お一二、」と号令をかけてやってくるのでした。
 じいさんに見られた柱は、まるで木のように堅《かた》くなって、足をしゃちほこばらせて、わきめもふらず進んで行き、その変なじいさんは、もう恭一のすぐ前までやってきました。そしてよこめでしばらく恭一を見てから、でんしんばしらの方へ向いて、
「なみ足い。おいっ。」と号令をかけました。
 そこででんしんばしらは少し歩調を崩《くず》して、やっぱり軍歌を歌って行きました。
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「ドッテテドッテテ、ドッテテド、
 右とひだりのサアベルは
 たぐいもあらぬ細身なり。」
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 じいさんは恭一の前にとまって、からだをすこしかがめました。
「今晩は、おまえはさっきから行軍を見ていたのかい。」
「ええ、見てました。」
「そうか、じゃ仕方ない。ともだちになろう、さあ、握手《あくしゅ》しよう。」
 じいさんはぼろぼろの外套の袖《そで》をはらって、大きな黄いろな手をだしました。恭一もしかたなく手を出しました。じいさんが「やっ、」と云《い》ってその手をつかみました。
 するとじいさんの眼だまから、虎《とら》のように青い火花がぱちぱちっとでたとおもうと、恭一はからだがびりりっとしてあぶなくうしろへ倒れそうになりました。
「ははあ、だいぶひびいたね、これでごく弱いほうだよ。わしとも少し強く握手すればまあ黒焦《くろこ》げだね。」
 兵隊はやはりずんずん歩いて行きます。
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「ドッテテドッテテ、ドッテテド、
 タールを塗《ぬ》れるなが靴の
 歩はばは三百六十尺。」
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 恭一はすっかりこわくなって、歯ががちがち鳴りました。じいさんはしばらく月や雲の工合《ぐあい》をながめていましたが、あまり恭一が青くなってがたがたふるえているのを見て、気の毒になったらしく、少ししずかに斯《こ》う云いました。
「おれは電気総長だよ。」
 恭一も少し安心して
「電気総長というのは、やはり電気の一種ですか。」とききました。するとじいさんはまたむっとしてしまいました。
「わからん子供だな。ただの電気ではないさ。つまり、電気のすべての長、長というのはかしらとよむ。とりもなおさず電気の大将ということだ。」
「大将ならずいぶんおもしろいでしょう。」恭一がぼんやりたずねますと、じいさんは顔をまるでめちゃくちゃにしてよろこびました。
「はっはっは、面白《おもしろ》いさ。それ、その工兵も、その竜騎兵も、向うのてき弾兵《だんへい》も、みんなおれの兵隊だからな。」
 じいさんはぷっとすまして、片っ方の頬《ほお》をふくらせてそらを仰《あお》ぎました。それからちょうど前を通って行く一本のでんしんばしらに、
「こらこら、なぜわき見をするか。」とどなりました。するとそのはしらはまるで飛びあがるぐらいびっくりして、足がぐにゃんとまがりあわててまっすぐを向いてあるいて行きました。次から次とどしどしはしらはやって来ます。
「有名なはなしをおまえは知ってるだろう。そら、むすこが、エングランド、ロンドンにいて、おやじがスコットランド、カルクシャイヤにいた。むすこがおやじに電報をかけた、おれはちゃんと手帳へ書いておいたがね、」
 じいさんは手帳を出して、それから大きなめがねを出してもっともらしく掛《か》けてから、また云いました。
「おまえは英語はわかるかい、ね、センド、マイブーツ、インスタンテウリイすぐ長靴送れとこうだろう、するとカルクシャイヤのおやじめ、あわてくさっておれのでんしんのはりがねに
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