三本うで木のまっ赤なエボレットをつけた兵隊があるいていることです。その軍歌はどうも、ふしも歌もこっちの方とちがうようでしたが、こっちの声があまり高いために、何をうたっているのか聞きとることができませんでした。こっちはあいかわらずどんどんやって行きます。
[#ここから3字下げ]
「ドッテテドッテテ、ドッテテド、
 寒さはだえをつんざくも
 などて腕木《うでぎ》をおろすべき
 ドッテテドッテテ、ドッテテド
 暑さ硫黄をとかすとも
 いかでおとさんエボレット。」
[#ここで字下げ終わり]
 どんどんどんどんやって行き、恭一は見ているのさえ少しつかれてぼんやりなりました。
 でんしんばしらは、まるで川の水のように、次から次とやって来ます。みんな恭一のことを見て行くのですけれども、恭一はもう頭が痛くなってだまって下を見ていました。
 俄《にわ》かに遠くから軍歌の声にまじって、
「お一二、お一二、」というしわがれた声がきこえてきました。恭一はびっくりしてまた顔をあげてみますと、列のよこをせいの低い顔の黄いろなじいさんがまるでぼろぼろの鼠《ねずみ》いろの外套《がいとう》を着て、でんしんばしらの列を見まわしながら
「お一二、お一二、」と号令をかけてやってくるのでした。
 じいさんに見られた柱は、まるで木のように堅《かた》くなって、足をしゃちほこばらせて、わきめもふらず進んで行き、その変なじいさんは、もう恭一のすぐ前までやってきました。そしてよこめでしばらく恭一を見てから、でんしんばしらの方へ向いて、
「なみ足い。おいっ。」と号令をかけました。
 そこででんしんばしらは少し歩調を崩《くず》して、やっぱり軍歌を歌って行きました。
[#ここから3字下げ]
「ドッテテドッテテ、ドッテテド、
 右とひだりのサアベルは
 たぐいもあらぬ細身なり。」
[#ここで字下げ終わり]
 じいさんは恭一の前にとまって、からだをすこしかがめました。
「今晩は、おまえはさっきから行軍を見ていたのかい。」
「ええ、見てました。」
「そうか、じゃ仕方ない。ともだちになろう、さあ、握手《あくしゅ》しよう。」
 じいさんはぼろぼろの外套の袖《そで》をはらって、大きな黄いろな手をだしました。恭一もしかたなく手を出しました。じいさんが「やっ、」と云《い》ってその手をつかみました。
 するとじいさんの眼だまから、虎《とら》
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング