でしばらく恭一を見てから、でんしんばしらの方へ向いて、
「なみ足い。おいつ。」と号令をかけました。
 そこででんしんばしらは少し歩調を崩して、やつぱり軍歌を歌つて行きました。
[#ここから3字下げ]
「ドツテテドツテテ、ドツテテド、
 右とひだりのサアベルは
 たぐひもあらぬ細身なり。」
[#ここで字下げ終わり]
 ぢいさんは恭一の前にとまつて、からだをすこしかゞめました。
「今晩は、おまへはさつきから行軍を見てゐたのかい。」
「えゝ、見てました。」
「さうか、ぢや仕方ない。ともだちにならう、さあ、握手しよう。」
 ぢいさんはぼろぼろの外套《ぐわいたう》の袖《そで》をはらつて、大きな黄いろな手をだしました。恭一もしかたなく手を出しました。ぢいさんが「やつ、」と云《い》つてその手をつかみました。
 するとぢいさんの眼だまから、虎《とら》のやうに青い火花がぱちぱちつとでたとおもふと、恭一はからだがびりりつとしてあぶなくうしろへ倒れさうになりました。
「ははあ、だいぶひびいたね、これでごく弱いはうだよ。わしとも少し強く握手すればまあ黒焦げだね。」
 兵隊はやはりずんずん歩いて行きます。
[#
前へ 次へ
全11ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング