汽車のひびきと、すすきの風との間から、ころんころんと水の湧くやうな音が聞えて來るのでした。
「鶴、どうしてとるんですか。」
「鶴ですか、それとも鷺ですか。」
「鷺です。」ジヨバンニは、どつちでもいいと思ひながら答へました。
「そいつはな、雜作ない。さぎといふものは、みんな天の川の砂が凝つて、ぼうつとできるもんですからね、そして始終川へ歸りますからね。川原で待つてゐて、鷺がみんな、脚をかういふ風にして降りてくるとこを、そいつが地べたへつくかつかないうちに、ぴたつと押へちまふんです。するともう鷺は、かたまつて安心して死んぢまひます。あとはもう、わかり切つてまさあ、押し葉にするだけです。」
「鷺を押し葉にするんですか。標本ですか。」
「標本ぢやありません。みんなたべるぢやありませんか。」
「をかしいねえ。」カムパネルラが首をかしげました。
「おかしいも不審もありませんや。そら。」その男は立つて、網棚から包みをおろして、手ばやくくるくると解きました。
「さあ、ごらんなさい。いまとつて來たばかりです。」
「ほんたうに鷺だねえ。」二人は思はず叫びました。まつ白な、あのさつきの北の十字架のやうに光る鷺のからだが十ばかり、少しひらべつたくなつて、黒い脚をちぢめて、浮彫のやうにならんでゐたのです。
「眼をつぶつてるね。」カムパネルラは、指でそつと、鷺の三日月がたの白い瞑つた眼にさはりました。頭の上の槍のやうな白い毛もちやんとついてゐました。
「ね、さうでせう。」鳥捕りは風呂敷を重ねて、またくるくると包んで紐でくくりました。誰がいつたいここらで鷺なんぞ喰べるだらうとジヨバンニは思ひながら訊きました。
「鷺はおいしいんですか。」
「ええ、毎日註文があります。しかし雁の方が、もつと賣れます。雁の方がずつと柄がいいし、第一手數がありませんからな。そら。」鳥捕りは、また別の方の包みを解きました。すると黄と青じろとまだらになつて、なにかのあかりのやうにひかる雁が、ちやうどさつきの鷺のやうに、くちばしを揃へて、少し扁べつたくなつてならんでゐました。
「こつちはすぐ喰べられます。どうです、少しおあがりなさい。」鳥捕りは、黄いろな雁の足を、輕くひつぱりました。するとそれは、チヨコレートででもできてゐるやうに、すつときれいにはなれました。
「どうです。すこしたべてごらんなさい。」鳥捕りは、それを二つにちぎつてわたしました。ジヨバンニは、ちよつと喰べてみて、
(なんだ、やつぱりこいつはお菓子だ。チヨコレートよりも、もつとおいしいけれども、こんな雁が飛んでゐるもんか。この男は、どこかそこらの野原の菓子屋だ。けれどもぼくは、このひとをばかにしながら、この人のお菓子をたべてゐるのは、大へん氣の毒だ。)
 と思ひながら、やつぱりぽくぽくそれをたべてゐました。
「も少しおあがりなさい。」鳥捕りがまた包みを出しました。ジヨバンニは、もつとたべたかつたのですけれども、
「ええ、ありがたう。」と云つて遠慮しましたら、鳥捕りは、こんどは向うの席の、鍵をもつた人に出しました。
「いや、商賣ものを貰つちやすみませんな。」その人は、帽子をとりました。
「いいえ、どういたしまして、どうです。今年の渡り鳥の景氣は。」
「いや、すてきなもんですよ。一昨日の第二限ころなんか、なぜ燈臺の燈を、規則以外に暗くさせるかつて、あつちからもこつちからも、電話で故障が來ましたが、なあに、こつちがやるんぢやなくて、渡り鳥どもが、まつ黒にかたまつて、あかしの前を通るのですから仕方ありませんや、わたしあ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持つて來たつて仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方もなく細い大將へやれつて、斯う云つてやりましたがね、はつは。」
 すすきがなくなつたために、向うの野原から、ぱつとあかりが射して來ました。
「鷺の方はなぜ手數なんですか。」カムパネルラは、さつきから、訊かうと思つてゐたのです。
「それはね、鷺を喰べるには、」鳥捕りは、こつちに向き直りました。
「天の川の水あかりに、十日もつるして置くかね、さうでなけあ、砂に三四日うづめなけあいけないんだ。さうすると、水銀がみんな蒸發して、喰べられるやうになるよ。」
「こいつは鳥ぢやない。ただのお菓子でせう。」やつぱりおなじことを考へてゐたとみえて、カムパネルラが、思ひ切つたといふやうに尋ねました。鳥捕りは、何か大へんあわてた風で、
「さうさう、ここで降りなけあ。」と云ひながら、立つて荷物をとつたと思ふと、もう見えなくなつてゐました。
「どこへ行つたんだらう。」二人は顏を見合せましたら、燈臺守はにやにや笑つて、少し伸びあがるやうにしながら、二人の横の窓の外をのぞきました。二人もそつちを見ましたら、たつたいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光を出す、いちめんのかはらははこぐさの上に立つて、まじめな顏をして兩手をひろげて、ぢつとそらを見てゐたのです。
「あすこへ行つてる。ずゐぶん奇體だねえ。きつとまた鳥をつかまへるとこだねえ。汽車が走つて行かないうちに、早く鳥がおりるといいな。」と云つた途端、がらんとした桔梗いろの空から、さつき見たやうな鷺が、まるで雪の降るやうにぎやあぎやあ叫びながら、いつぱいに舞ひおりて來ました。するとあの鳥捕りは、すつかり註文通りだといふやうにほくほくして、兩足をかつきり六十度に開いて立つて、鷺のちぢめて降りて來る黒い脚を兩手で片つ端から押へて、布の袋の中に入れるのでした。すると鷺は螢のやうに、袋の中でしばらく、青くぺかぺか光つたり消えたりしてゐましたが、おしまひにはとうとう、みんなぼんやり白くなつて、眼をつぶるのでした。ところが、つかまへられる鳥よりは、つかまへられないで無事に天の川の砂の上に降りるものの方が多かつたのです。それは見てゐると、足が砂へつくや否や、まるで雪の融けるやうに、縮まつて扁べつたくなつて、間もなく熔鑛爐から出た銅の汁のやうに、砂や砂利の上にひろがり、しばらくは鳥の形が、砂についてゐるのでしたが、それも二三度明るくなつたり暗くなつたりしてゐるうちに、もうすつかりまはりと同じいろになつてしまふのでした。
 鳥捕りは二十疋ばかり、袋に入れてしまふと、急に兩手をあげて、兵隊が鐵砲彈にあたつて、死ぬときのやうな形をしました。と思つたら、もうそこに鳥捕りの形はなくなつて、却つて、
「ああせいせいした。どうもからだに丁度合ふほど稼いでゐるくらゐ、いいことはありませんな。」といふききおぼえのある聲が、ジヨバンニの隣りにしました。見ると鳥捕りは、もうそこでとつて來た鷺を、きちんとそろへて、一つづつ重ね直してゐるのでした。
「どうしてあすこから、いつぺんにここへ來たんですか。」ジヨバンニがなんだかあたりまへのやうな、あたりまへでないやうな、をかしな氣がして問ひました。
「どうしてつて、來ようとしたから來たんです。ぜんたいあなた方は、どちらからおいでですか。」
 ジヨバンニは、すぐ返事しようと思ひましたけれども、さあ、ぜんたいどこから來たのか、もうどうしても考へつきませんでした。カムパネルラも、顏をまつ赤にして何か思ひ出さうとしてゐるのでした。
「ああ、遠くからですね。」
 鳥捕りは、わかつたというやうに雜作なくうなづきました。

       九 ジヨバンニの切符

「もうここらは白鳥區のおしまひです。ごらんなさい。あれが名高いアルビレオの觀測所です。」
 窓の外の、まるで花火でいつぱいのやうな、あまの川のまん中に、黒い大きな建物が四棟ばかり立つて、その一つの平屋根の上に、眼もさめるやうな、青寶玉と黄玉の大きな二つのすきとほつた球が、輪になつてしづかにくるくるとまはつてゐました。黄いろのがだんだん向うへまはつて行つて、青い小さいのがこつちへ進んで來、間もなく二つのはじは、重なり合つて、きれいな緑いろの兩面凸レンズのかたちをつくり、それもだんだん、まん中がふくらみ出して、とうとう青いのは、すつかりトパースの正面に來ましたので、緑の中心と黄いろな明るい環とができました。それがまただんだん横へ外れて、前のレンズの形を逆に繰り返し、とうとうすつとはなれて、サフアイアは向うへめぐり、黄いろのはこつちへ進み、また恰度さつきのやうな風になりました。銀河のかたちもなく、音もない水にかこまれて、ほんたうにその黒い測候所が、睡つてゐるやうに、しづかによこたはつたのです。
「あれは、水の速さをはかる器械です。水も……。」鳥捕りが云ひかけたとき、
「切符を拜見いたします。」赤い帽子をかぶつたせいの高い車掌が、いつか三人の席の横に、まつすぐに立つてゐて云ひました。鳥捕りはだまつてかくしから、小さな紙きれを出しました。車掌はちよつと見て、すぐ眼をそらして(あなた方のは?)といふやうに、指をうごかしながら、手をジヨバンニたちの方へ出しました。
「さあ。」ジヨバンニは困つて、もぢもぢしてゐましたら、カムパネルラはわけもないといふ風で、小さな鼠いろの切符を出しました。ジヨバンニは、すつかりあわててしまつて、もしか上着のポケツトにでも、入つてゐたかとおもひながら、手を入れて見ましたら、何か大きな疊んだ紙きれにあたりました。こんなもの入つてゐたらうかと思つて、急いで出してみましたら、それは四つに折つたはがきぐらゐの大きさの緑いろの紙でした。車掌が手を出してゐるもんですから何でも構はない、やつちまへと思つて渡しましたら、車掌はまつすぐに立ち直つて叮嚀にそれを開いて見てゐました。そして讀みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしてゐましたし、燈臺看守も下からそれを熱心にのぞいてゐましたから、ジヨバンニはたしかにあれは證明書か何かだつたと考へて、少し胸が熱くなるやうな氣がしました。
「これは三次空間の方からお持ちになつたのですか。」車掌がたづねました。
「何だかわかりません。」もう大丈夫だと安心しながらジヨバンニは、そつちを見あげてくつくつ笑ひました。
「よろしうございます。南十字《サウザンクロス》へ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジヨバンニに渡して向うへ行きました。
 カムパネルラは、その紙切れが何だつたか待ち兼ねたといふやうに急いでのぞきこみました。ジヨバンニも全く早く見たかつたのです。ところがそれはいちめん黒い唐草のやうな模樣の中に、をかしな十ばかりの字を印刷したもので、だまつて見てゐると、何だかその中へ吸ひ込まれてしまふやうな氣がするのでした。すると鳥捕りが横からちらつとそれを見てあわてたやうに云ひました。
「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんたうの天上へさへ行ける切符だ。天上どこぢやない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれあ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鐵道なんか、どこまででも行ける筈でさあ。あなた方大したもんですね。」
「何だかわかりません。」ジヨバンニが赤くなつて答へながら、それを又疊んでかくしに入れました。
 そしてきまりが惡いのでカムパネルラと二人、また窓の外をながめてゐましたが、その鳥捕りの時々大したもんだといふやうに、ちらちらこつちを見てゐるのがぼんやりわかりました。
「もうぢき鷲の停車場だよ。」カムパネルラが向う岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地圖とを見較べて云ひました。
 ジヨバンニはなんだかわけもわからずに、となりの鳥捕りが氣の毒でたまらなくなりました。
 鷺をつかまへて、せいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、ひとの切符をびつくりしたやうに横目で見て、あわててほめだしたり、そんなことを一々考へてゐると、もうその見ず知らずの鳥捕りのために、ジヨバンニの持つてゐるものでも食べるものでもなんでもやつてしまひたい、もうこの人のほんたうの幸になるなら、自分があの光る天の川の河原に立つて、百年つづけて立つて鳥をとつてやつてもいいといふやうな氣がして、どうしてももう默つてゐられなくなりました。ほんたうにあなたのほ
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