うに見え、また、たくさんのりんだうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火のやうに思はれました。
それもほんのちよつとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさへぎられ、白鳥の島は、二度ばかりうしろの方に見えましたが、ぢきもうずうつと遠く小さく繪のやうになつてしまひ、またすすきがざわざわ鳴つて、とうとうすつかり見えなくなつてしまひました。ジヨバンニのうしろには、いつから乘つてゐたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリツク風の尼さんが、まん圓な緑の瞳を、ぢつとまつすぐに落して、まだ何かことばか聲かが、そつちから傳はつて來るのを愼しんで聞いてゐるといふやうに見えました。旅人たちはしづかに席に戻り、二人も胸いつぱいのかなしみに似た新らしい氣持ちを、何氣なくちがつた言葉で、そつと話し合つたのです。
「もうぢき白鳥の停車場だねえ。」
「ああ、十一時かつきりには着くんだよ。」
早くも、シグナルの緑の燈と、ぼんやり白い柱とが、ちらつと窓のそとを過ぎ、それから硫黄のほのほのやうなくらいぼんやりした轉轍機の前のあかりが窓の下を通り、汽車はだんだんゆるやかになつて、間もなくプラツトホームの一列
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