車だつて歴史だつて、たださう感じてゐるだけなんだから、そらごらん、ぼくといつしよにすこしこころもちをしづかにしてごらん。いいか。」
そのひとは指を一本あげてしづかにそれをおろしました。
するといきなりジヨバンニは自分といふものがじぶんの考へといふものが、汽車やその學者や天の川やみんないつしよにぽかつと光つて、しいんとなくなつてぽかつとともつてまたなくなつて、そしてその一つがぽかつとともるとあらゆる廣い世界ががらんとひらけ、あらゆる歴史がそなはり、すつと消えるともうがらんとしたただもうそれつきりになつてしまふのを見ました。
だんだんそれが早くなつて、まもなくすつかりもとのとほりになりました。
「さあいいか。だからおまへの實驗はこのきれぎれの考へのはじめから終りすべてにわたるやうでなければいけない。それがむづかしいことなのだ。けれども、もちろんそのときだけのでもいいのだ。ああごらん、あすこにプレアデスが見える。おまへはあのプレアデスの鎖を解かなければならない。」
そのときまつくらな地平線の向うから青じろいのろしがまるでひるまのやうにうちあげられ、汽車の中はすつかり明るくなりました。
そしてのろしは高くそらにかかつて光りつづけました。
「ああマジエランの星雲だ。さあもうきつと僕は僕のために、僕のお母さんのために、カムパネルラのために、みんなのために、ほんたうのほんたうの幸福をさがすぞ。」
ジヨバンニは唇を噛んで、そのいちばん幸福なそのひとのために、そのマジエランの星雲をのぞんで立ちました。
「さあ、切符をしつかり持つておいで。お前はもう夢の鐵道の中でなしに本當の世界の火やはげしい波の中を大股にまつすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたつた一つのほんたうのその切符を決しておまへはなくしてはいけない。」
あのセロのやうな聲がしたと思ふとジヨバンニは、あの天の川がもうまるで遠く遠くなつて風が吹き、自分はまつすぐに草の丘に立つてゐるのを見、また遠くからあのブルカニロ博士の足おとのしづかに近づいて來るのをききました。
「ありがたう。私は大へんいい實驗をした。私はこんなしづかな場所で、遠くから私の考へを人に傳へる實驗をしたいとさつき考へてゐた。お前の云つた言葉はみんな私の手帖にとつてある。さあ歸つておやすみ。お前は夢の中で決心したとほりまつすぐに進んで行くが
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