生意氣な、いやだいと思ひながら、だまつて口をむすんでそらを見あげてゐました。
 女の子は小さくほつと息をして、だまつて席へ戻りました。カムパネルラが氣の毒さうに窓から顏を引つ込めて地圖を見てゐました。
「あの人鳥へ教へてるんでせうか。」女の子がそつとカムパネルラにたづねました。
「わたり鳥へ信號してるんです。きつとどこからかのろしがあがるためでせう。」
 カムパネルラが少しおぼつかなささうに答へました。そして車の中はしいんとなりました。
 ジヨバンニはもう頭を引つ込めたかつたのですけれども、明るいとこへ顏を出すのがつらかつたので、だまつてこらへてそのまま立つて口笛を吹いてゐました。
(どうして僕はこんなにかなしいのだらう。僕はもつとこころもちをきれいに大きくもたなければいけない。あすこの岸のずうつと向うにまるでけむりのやうな小さな青い火が見える。あれはほんたうにしづかでつめたい。僕はあれをよく見てこころもちをしづめるんだ。)
 ジヨバンニは熱つて痛いあたまを兩手で押へるやうにして、そつちの方を見ました。
(ああほんたうにどこまでもどこまでも僕といつしよに行くひとはないだらうか。カムパネルラだつてあんな女の子とおもしろさうに話してゐるし、僕はほんたうにつらいなあ。)
 ジヨバンニの眼はまた泪でいつぱいになり、天の川もまるで遠くへ行つたやうにぼんやり白く見えるだけでした。
 そのとき汽車はだんだん川からはなれて崖の上を通るやうになりました。向う岸もまた黒いいろの崖が川の岸を下流に下るにしたがつて、だんだん高くなつて行くのでした。そしてちらつと大きなたうもろこしの木を見ました。その葉はぐるぐるに縮れ、葉の下にはもう美しい緑いろの大きな苞が赤い毛を吐いて、眞珠のやうな實もちらつと見えたのでした。
 それはだんだん數を増して來て、もういまは列のやうに崖と線路との間にならび、思はずジヨバンニが窓から顏を引つ込めて向う側の窓を見ましたときは、美しいそらの野原、地平線のはてまで、その大きなたうもろこしの木がほとんどいちめんに植ゑられてさやさや風にゆらぎ、その立派なちぢれた葉のさきからは、まるでひるの間にいつぱい日光を吸つた金剛石のやうに、露がいつぱいについて赤や緑やきらきら燃えて光つてゐるのでした。
 カムパネルラが、
「あれたうもろこしだねえ。」とジヨバンニに云ひましたけれども、
前へ 次へ
全45ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング