「いや、まあおとり下さい。どうか、まあおとり下さい。」
青年は一つとつてジヨバンニたちの方をちよつと見ました。
「さあ、向うの坊ちやんがた。いかがですか。おとり下さい。」
ジヨバンニは坊ちやんと云はれたので、すこししやくにさはつてだまつてゐましたが、カムパネルラは「ありがたう。」と云ひました。
すると青年は自分でとつて一つづつ二人に送つてよこしましたので、ジヨバンニも立つてありがたうと云ひました。
燈臺看守はやつと兩腕があいたので、こんどは自分で一つづつ睡つてゐる姉弟の膝にそつと置きました。
「どうもありがたう。どこでできるのですか、こんな立派な苹果は。」青年はつくづく見ながら云ひました。
「この邊ではもちろん農業はいたしますけれども、大ていひとりでにいいものができるやうな約束になつて居ります。
農業だつてそんなに骨は折れはしません。たいてい自分の望む種子さへ播けばひとりでにどんどんできます。米だつてパシフイツク邊のやうに殼もないし、十倍も大きくて匂もいいのです。
けれどもあなたがたのこれからいらつしやる方なら、農業はもうありません。苹果だつてお菓子だつてかすが少しもありませんから、みんなそのひとそのひとによつてちがつた、わづかのいいかをりになつて毛あなからちらけてしまふのです。」
にはかに男の子がぱつちり眼をあいて云ひました。
「ああぼく、いまお母さんの夢をみてゐたよ。お母さんがね、立派な戸棚や本のあるとこに居てね、ぼくの方を見て手をだしてにこにこにこにこわらつたよ。ぼく、おつかさん、りんごをひろつてきてあげませうか。と云つたら眼がさめちやつた。ああここ、さつきの汽車のなかだねえ。」
「その苹果がそこにあります。このをぢさんにいただいたのですよ。」青年が云ひました。
「ありがたうをぢさん。おや、かほるねえさんまだねてるねえ、ぼくおこしてやらう。ねえさん。ごらん、りんごをもらつたよ。おきてごらん。」
姉はわらつて眼をさまし、まぶしさうに兩手を眼にあてて、それから苹果を見ました。
男の子はまるでパイを喰べるやうに、もうそれを喰べてゐました。また折角剥いたそのきれいな皮も、くるくるコルク拔きのやうな形になつて床へ落ちるまでの間には、すうつと灰いろに光つて蒸發してしまふのでした。
二人はりんごを大切にポケツトにしまひました。
「いまどの邊あるいてるの
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