を通りながら、
「よう、虫めがね君、お早う。」と云いますと、近くの四五人の人たちが声もたてずこっちも向かずに冷くわらいました。
 ジョバンニは何べんも眼を拭《ぬぐ》いながら活字をだんだんひろいました。
 六時がうってしばらくたったころ、ジョバンニは拾った活字をいっぱいに入れた平たい箱《はこ》をもういちど手にもった紙きれと引き合せてから、さっきの卓子の人へ持って来ました。その人は黙《だま》ってそれを受け取って微《かす》かにうなずきました。
 ジョバンニはおじぎをすると扉をあけてさっきの計算台のところに来ました。するとさっきの白服を着た人がやっぱりだまって小さな銀貨を一つジョバンニに渡しました。ジョバンニは俄《にわ》かに顔いろがよくなって威勢《いせい》よくおじぎをすると台の下に置いた鞄《かばん》をもっておもてへ飛びだしました。それから元気よく口笛《くちぶえ》を吹《ふ》きながらパン屋へ寄ってパンの塊《かたまり》を一つと角砂糖を一|袋《ふくろ》買いますと一目散《いちもくさん》に走りだしました。

   三、家

 ジョバンニが勢《いきおい》よく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つ
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