もう駄目《だめ》です。落《お》ちてから四十五分たちましたから」
 ジョバンニは思わずかけよって博士《はかせ》の前に立って、ぼくはカムパネルラの行った方を知っています、ぼくはカムパネルラといっしょに歩いていたのです、と言《い》おうとしましたが、もうのどがつまってなんとも言《い》えませんでした。すると博士《はかせ》はジョバンニがあいさつに来たとでも思ったものですか、しばらくしげしげジョバンニを見ていましたが、
「あなたはジョバンニさんでしたね。どうも今晩《こんばん》はありがとう」とていねいに言《い》いました。
 ジョバンニは何も言《い》えずにただおじぎをしました。
「あなたのお父さんはもう帰っていますか」博士《はかせ》は堅《かた》く時計《とけい》を握《にぎ》ったまま、またききました。
「いいえ」ジョバンニはかすかに頭をふりました。
「どうしたのかなあ、ぼくには一昨日《おととい》たいへん元気な便《たよ》りがあったんだが。今日《きょう》あたりもう着《つ》くころなんだが。船《ふね》が遅《おく》れたんだな。ジョバンニさん。あした放課後《ほうかご》みなさんとうちへ遊《あそ》びに来てくださいね」
 そう言《い》いながら博士《はかせ》はまた、川下の銀河《ぎんが》のいっぱいにうつった方へじっと眼《め》を送《おく》りました。
 ジョバンニはもういろいろなことで胸《むね》がいっぱいで、なんにも言《い》えずに博士《はかせ》の前をはなれて、早くお母さんに牛乳《ぎゅうにゅう》を持《も》って行って、お父さんの帰ることを知らせようと思うと、もういちもくさんに河原《かわら》を街《まち》の方へ走りました。



底本:「銀河鉄道の夜」角川文庫、角川書店
   1969(昭和44)年7月20日改版初版発行
   1987(昭和62)年3月30日改版50版
入力:幸野素子
校正:土屋隆
2005年8月18日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全28ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング