まいました。
「お父さんやきくよねえさんはまだいろいろお仕事《しごと》があるのです。けれどももうすぐあとからいらっしゃいます。それよりも、おっかさんはどんなに永《なが》く待《ま》っていらっしゃったでしょう。わたしの大事《だいじ》なタダシはいまどんな歌をうたっているだろう、雪《ゆき》の降《ふ》る朝にみんなと手をつないで、ぐるぐるにわとこのやぶをまわってあそんでいるだろうかと考えたり、ほんとうに待《ま》って心配《しんぱい》していらっしゃるんですから、早く行って、おっかさんにお目にかかりましょうね」
「うん、だけど僕《ぼく》、船に乗《の》らなけぁよかったなあ」
「ええ、けれど、ごらんなさい、そら、どうです、あの立派《りっぱ》な川、ね、あすこはあの夏じゅう、ツィンクル、ツィンクル、リトル、スターをうたってやすむとき、いつも窓《まど》からぼんやり白く見えていたでしょう。あすこですよ。ね、きれいでしょう、あんなに光っています」
泣《な》いていた姉《あね》もハンケチで眼《め》をふいて外を見ました。青年は教えるようにそっと姉弟《きょうだい》にまた言《い》いました。
「わたしたちはもう、なんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないいとこを旅《たび》して、じき神《かみ》さまのとこへ行きます。そこならもう、ほんとうに明るくてにおいがよくて立派《りっぱ》な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代《か》わりにボートへ乗《の》れた人たちは、きっとみんな助《たす》けられて、心配《しんぱい》して待《ま》っているめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうじきですから元気を出しておもしろくうたって行きましょう」青年は男の子のぬれたような黒い髪《かみ》をなで、みんなを慰《なぐさ》めながら、自分もだんだん顔いろがかがやいてきました。
「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか」
さっきの燈台看守《とうだいかんしゅ》がやっと少しわかったように青年にたずねました。青年はかすかにわらいました。
「いえ、氷山《ひょうざん》にぶっつかって船が沈《しず》みましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急《きゅう》な用《よう》で二か月前、一足さきに本国へお帰りになったので、あとから発《た》ったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師《かていきょうし》にやとわれて
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