一時間|半《はん》で帰ってくるよ」と言《い》いながら暗《くら》い戸口《とぐち》を出ました。

     四 ケンタウル祭《さい》の夜

 ジョバンニは、口笛《くちぶえ》を吹《ふ》いているようなさびしい口つきで、檜《ひのき》のまっ黒にならんだ町の坂《さか》をおりて来たのでした。
 坂《さか》の下に大きな一つの街燈《がいとう》が、青白く立派《りっぱ》に光って立っていました。ジョバンニが、どんどん電燈《でんとう》の方へおりて行きますと、いままでばけもののように、長くぼんやり、うしろへ引いていたジョバンニの影《かげ》ぼうしは、だんだん濃《こ》く黒くはっきりなって、足をあげたり手を振《ふ》ったり、ジョバンニの横《よこ》の方へまわって来るのでした。
(ぼくは立派《りっぱ》な機関車《きかんしゃ》だ。ここは勾配《こうばい》だから速《はや》いぞ。ぼくはいまその電燈《でんとう》を通り越《こ》す。そうら、こんどはぼくの影法師《かげぼうし》はコンパスだ。あんなにくるっとまわって、前の方へ来た)
 とジョバンニが思いながら、大股《おおまた》にその街燈《がいとう》の下を通り過《す》ぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新しいえりのとがったシャツを着《き》て、電燈《でんとう》の向《む》こう側《がわ》の暗《くら》い小路《こうじ》から出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。
「ザネリ、烏瓜《からすうり》ながしに行くの」ジョバンニがまだそう言《い》ってしまわないうちに、
「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着《うわぎ》が来るよ」その子が投《な》げつけるようにうしろから叫《さけ》びました。
 ジョバンニは、ばっと胸《むね》がつめたくなり、そこらじゅうきいんと鳴るように思いました。
「なんだい、ザネリ」とジョバンニは高く叫《さけ》び返《かえ》しましたが、もうザネリは向《む》こうのひばの植《う》わった家の中へはいっていました。
(ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを言《い》うのだろう。走るときはまるで鼠《ねずみ》のようなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを言《い》うのはザネリがばかなからだ)
 ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの灯《あかり》や木の枝《えだ》で、すっかりきれいに飾《かざ》られた街《まち》を通って行きました。時計屋《とけいや》の店には明る
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