ョバンニはまっすぐに走って丘《おか》をおりました。
そしてポケットがたいへん重《おも》くカチカチ鳴るのに気がつきました。林の中でとまってそれをしらべてみましたら、あの緑《みどり》いろのさっき夢《ゆめ》の中で見たあやしい天の切符《きっぷ》の中に大きな二|枚《まい》の金貨《きんか》が包《つつ》んでありました。
「博士《はかせ》ありがとう、おっかさん。すぐ乳《ちち》をもって行きますよ」
ジョバンニは叫《さけ》んでまた走りはじめました。何かいろいろのものが一ぺんにジョバンニの胸《むね》に集《あつ》まってなんとも言《い》えずかなしいような新しいような気がするのでした。
琴《こと》の星がずうっと西の方へ移《うつ》ってそしてまた夢《ゆめ》のように足をのばしていました。
ジョバンニは眼《め》をひらきました。もとの丘《おか》の草の中につかれてねむっていたのでした。胸《むね》はなんだかおかしく熱《ほて》り、頬《ほお》にはつめたい涙《なみだ》がながれていました。
ジョバンニはばねのようにはね起《お》きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯《あかり》を綴《つづ》ってはいましたが、その光はなんだかさっきよりは熱《ねっ》したというふうでした。
そしてたったいま夢《ゆめ》であるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかかり、まっ黒な南の地平線《ちへいせん》の上ではことにけむったようになって、その右には蠍座《さそりざ》の赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置《いち》はそんなに変《か》わってもいないようでした。
ジョバンニはいっさんに丘《おか》を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待《ま》っているお母さんのことが胸《むね》いっぱいに思いだされたのです。どんどん黒い松《まつ》の林の中を通って、それからほの白い牧場《ぼくじょう》の柵《さく》をまわって、さっきの入口から暗《くら》い牛舎《ぎゅうしゃ》の前へまた来ました。そこには誰《だれ》かがいま帰ったらしく、さっきなかった一つの車が何かの樽《たる》を二つ載《の》っけて置《お》いてありました。
「今晩《こんばん》は」ジョバンニは叫《さけ》びました。
「はい」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。
「なんのご用ですか」
「今日|牛乳《ぎゅうにゅう》がぼくのところへ来なかったのですが」
「あ、済《す》み
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