すこにプレシオスが見える。おまえはあのプレシオスの鎖《くさり》を解《と》かなければならない」
そのときまっくらな地平線《ちへいせん》の向《む》こうから青じろいのろしが、まるでひるまのようにうちあげられ、汽車の中はすっかり明るくなりました。そしてのろしは高くそらにかかって光りつづけました。
「ああマジェランの星雲《せいうん》だ。さあもうきっと僕《ぼく》は僕《ぼく》のために、僕《ぼく》のお母さんのために、カムパネルラのために、みんなのために、ほんとうのほんとうの幸福《こうふく》をさがすぞ」
ジョバンニは唇《くちびる》を噛《か》んで、そのマジェランの星雲《せいうん》をのぞんで立ちました。そのいちばん幸福《こうふく》なそのひとのために!
「さあ、切符《きっぷ》をしっかり持《も》っておいで。お前はもう夢《ゆめ》の鉄道《てつどう》の中でなしにほんとうの世界《せかい》の火やはげしい波《なみ》の中を大股《おおまた》にまっすぐに歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つの、ほんとうのその切符《きっぷ》を決《けっ》しておまえはなくしてはいけない」
あのセロのような声がしたと思うとジョバンニは、あの天の川がもうまるで遠く遠くなって風が吹《ふ》き自分はまっすぐに草の丘《おか》に立っているのを見、また遠くからあのブルカニロ博士《はかせ》の足おとのしずかに近づいて来るのをききました。
「ありがとう。私はたいへんいい実験《じっけん》をした。私はこんなしずかな場所《ばしょ》で遠くから私の考えを人に伝《つた》える実験《じっけん》をしたいとさっき考えていた。お前の言《い》った語はみんな私の手帳《てちょう》にとってある。さあ帰っておやすみ。お前は夢《ゆめ》の中で決心《けっしん》したとおりまっすぐに進《すす》んで行くがいい。そしてこれからなんでもいつでも私のとこへ相談《そうだん》においでなさい」
「僕《ぼく》きっとまっすぐに進《すす》みます。きっとほんとうの幸福《こうふく》を求《もと》めます」ジョバンニは力強《ちからづよ》く言《い》いました。
「ああではさよなら。これはさっきの切符《きっぷ》です」
博士《はかせ》は小さく折《お》った緑《みどり》いろの紙をジョバンニのポケットに入れました。そしてもうそのかたちは天気輪《てんきりん》の柱《はしら》の向《む》こうに見えなくなっていました。
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