ようなことは、ひばりも言《い》っていました。僕《ぼく》は毎日百|遍《ぺん》ずつ息《いき》をふきかけて百|遍《ぺん》ずつ紅雀《べにすずめ》の毛でみがいてやりましょう」
 兎《うさぎ》のおっかさんも、玉を手にとってよくよくながめました。そして言《い》いました。
 「この玉はたいへん損《そん》じやすいという事です。けれども、また亡《な》くなった鷲《わし》の大臣《だいじん》が持《も》っていた時は、大噴火《だいふんか》があって大臣《だいじん》が鳥の避難《ひなん》のために、あちこちさしずをして歩いている間に、この玉が山ほどある石に打《う》たれたり、まっかな熔岩《ようがん》に流《なが》されたりしても、いっこうきずも曇《くも》りもつかないでかえって前よりも美《うつく》しくなったという話ですよ」
 兎《うさぎ》のおとうさんが申《もう》しました。
 「そうだ。それは名高いはなしだ。お前もきっと鷲《わし》の大臣《だいじん》のような名高い人になるだろう。よくいじわるなんかしないように気をつけないといけないぞ」
 ホモイはつかれてねむくなりました。そして自分のお床《とこ》にコロリと横《よこ》になって言《い》いました。
 「大丈夫《だいじょうぶ》だよ。僕《ぼく》なんかきっと立派《りっぱ》にやるよ。玉は僕《ぼく》持《も》って寝《ね》るんだからください」
 兎《うさぎ》のおっかさんは玉を渡《わた》しました。ホモイはそれを胸《むね》にあててすぐねむってしまいました。
 その晩《ばん》の夢《ゆめ》の奇麗《きれい》なことは、黄や緑《みどり》の火が空で燃《も》えたり、野原《のはら》が一面《いちめん》黄金《きん》の草に変《かわ》ったり、たくさんの小さな風車が蜂《はち》のようにかすかにうなって空中を飛《と》んであるいたり、仁義《じんぎ》をそなえた鷲《わし》の大臣《だいじん》が、銀色《ぎんいろ》のマントをきらきら波立《なみだ》てて野原《のはら》を見まわったり、ホモイはうれしさに何遍《なんべん》も、
 「ホウ。やってるぞ、やってるぞ」と声をあげたくらいです。
       *
 あくる朝、ホモイは七時ごろ目をさまして、まず第一《だいいち》に玉を見ました。玉の美《うつく》しいことは、昨夜《ゆうべ》よりもっとです。ホモイは玉をのぞいて、ひとりごとを言《い》いました。
 「見える、見える。あそこが噴火口《ふんかこう》だ。そら火をふいた。ふいたぞ。おもしろいな。まるで花火だ。おや、おや、おや、火がもくもく湧《わ》いている。二つにわかれた。奇麗《きれい》だな。火花だ。火花だ。まるでいなずまだ。そら流《なが》れ出したぞ。すっかり黄金色《きんいろ》になってしまった。うまいぞ、うまいぞ。そらまた火をふいた」
 おとうさんはもう外へ出ていました。おっかさんがにこにこして、おいしい白い草の根《ね》や青いばらの実《み》を持《も》って来て言《い》いました。
 「さあ早くおかおを洗《あら》って、今日は少し運動《うんどう》をするんですよ。どれちょっとお見せ。まあ本当に奇麗《きれい》だね。お前がおかおを洗《あら》っている間おっかさんが見ていてもいいかい」
 ホモイが言《い》いました。
 「いいとも。これはうちの宝物《たからもの》なんだから、おっかさんのだよ」そしてホモイは立って家《うち》の入り口の鈴蘭《すずらん》の葉《は》さきから、大粒《おおつぶ》の露《つゆ》を六つほど取《と》ってすっかりお顔を洗《あら》いました。
 ホモイはごはんがすんでから、玉へ百|遍《ぺん》息《いき》をふきかけ、それから百|遍《ぺん》紅雀《べにすずめ》の毛でみがきました。そしてたいせつに紅雀《べにすずめ》のむな毛につつんで、今まで兎《うさぎ》の遠めがねを入れておいた瑪瑙《めのう》の箱《はこ》にしまってお母さんにあずけました。そして外に出ました。
 風が吹《ふ》いて草《くさ》の露《つゆ》がバラバラとこぼれます。つりがねそうが朝の鐘《かね》を、
 「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」と鳴らしています。
 ホモイはぴょんぴょん跳《と》んで樺《かば》の木の下に行きました。
 すると向《む》こうから、年をとった野馬がやって参《まい》りました。ホモイは少し怖《こわ》くなって戻《もど》ろうとしますと、馬はていねいにおじぎをして言《い》いました。
 「あなたはホモイさまでござりますか。こんど貝《かい》の火がお前さまに参《まい》られましたそうで実《じつ》に祝着《しゅうちゃく》に存《ぞん》じまする。あの玉がこの前|獣《けもの》の方に参《まい》りましてからもう千二百年たっていると申《もう》しまする。いや、実《じつ》に私めも今朝《けさ》そのおはなしを承《うけたま》わりまして、涙《なみだ》を流《なが》してござります」馬はボロボロ泣《な》きだしました
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