たの子にしてお育《そだ》てを願《ねが》います。おねがいでございます。)と斯うでございます。
 須利耶さまが申されました。
(いいとも。すっかり判《わか》った。引き受けた。安心《あんしん》してくれ。)
 すると老人は手を擦《こす》って地面に頭を垂《た》れたと思うと、もう燃えつきて、影《かげ》もかたちもございませんでした。須利耶さまも従弟さまも鉄砲をもったままぼんやりと立っていられましたそうでいったい二人いっしょに夢を見たのかとも思われましたそうですがあとで従弟さまの申されますにはその鉄砲はまだ熱《あつ》く弾丸は減《へ》っておりそのみんなのひざまずいた所《ところ》の草はたしかに倒《たお》れておったそうでございます。
 そしてもちろんそこにはその童子が立っていられましたのです。須利耶さまはわれにかえって童子に向って云われました。
(お前は今日《きょう》からおれの子供だ。もう泣かないでいい。お前の前のお母《かあ》さんや兄さんたちは、立派《りっぱ》な国に昇《のぼ》って行かれた。さあおいで。)
 須利耶さまはごじぶんのうちへ戻《もど》られました。途中《とちゅう》の野原は青い石でしんとして子供は泣きながら随《つ》いて参りました。
 須利耶さまは奥《おく》さまとご相談で、何と名前をつけようか、三、四日お考えでございましたが、そのうち、話はもう沙車全体にひろがり、みんなは子供を雁の童子と呼《よ》びましたので、須利耶さまも仕方なくそう呼んでおいででございました。」
 老人はちょっと息《いき》を切《き》りました。私は足もとの小さな苔《こけ》を見ながら、この怪《あや》しい空から落ちて赤い焔につつまれ、かなしく燃えて行く人たちの姿《すがた》を、はっきりと思い浮《うか》べました。老人はしばらく私を見ていましたが、また語りつづけました。
「沙車の春の終りには、野原いちめん楊の花が光って飛びます。遠くの氷《こおり》の山からは、白い何とも云えず瞳《ひとみ》を痛《いた》くするような光が、日光の中を這《は》ってまいります。それから果樹《かじゅ》がちらちらゆすれ、ひばりはそらですきとおった波をたてまする。童子は早くも六つになられました。春のある夕方のこと、須利耶さまは雁から来たお子さまをつれて、町を通って参られました。葡萄《ぶどう》いろの重《おも》い雲の下を、影法師《かげぼうし》の蝙蝠《こうもり》がひらひ
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