あがりました。大尉はたちまちそれに追ひ付いて、そのまつくろな頭に鋭く一突き食らはせました。山烏はよろよろつとなつて地面に落ちかゝりました。そこを兵曹長《へいさうちやう》が横からもう一突きやりました。山烏は灰いろのまぶたをとぢ、あけ方の峠の雪の上につめたく横《よこた》はりました。
「があ、兵曹長。その死骸《しがい》を営舎までもつて帰るやうに。があ。引き揚げつ。」
「かしこまりました。」強い兵曹長はその死骸を提《さ》げ、烏の大尉はじぶんの杜《もり》の方に飛びはじめ十八隻はしたがひました。
 杜に帰つて烏の駆逐艦は、みなほうほう白い息をはきました。
「けがは無いか。誰《たれ》かけがしたものは無いか。」烏の大尉はみんなをいたはつてあるきました。
 夜がすつかり明けました。
 桃の果汁《しる》のやうな陽《ひ》の光は、まづ山の雪にいつぱいに注ぎ、それからだんだん下に流れて、つひにはそこらいちめん、雪のなかに白百合《しろゆり》の花を咲かせました。
 ぎらぎらの太陽が、かなしいくらゐひかつて、東の雪の丘の上に懸りました。
「観兵式、用意つ、集れい。」大監督が叫びました。
「観兵式、用意つ、集れい。」各艦隊長が叫びました。
 みんなすつかり雪のたんぼにならびました。
 烏の大尉は列からはなれて、ぴかぴかする雪の上を、足をすくすく延ばしてまつすぐに走つて大監督の前に行きました。
「報告、けふあけがた、セピラの峠の上に敵艦の碇泊《ていはく》を認めましたので、本艦隊は直ちに出動、撃沈いたしました。わが軍死者なし。報告終りつ。」
 駆逐艦隊はもうあんまりうれしくて、熱い涙をぼろぼろ雪の上にこぼしました。
 烏の大監督も、灰いろの眼から泪《なみだ》をながして云ひました。
「ギイギイ、ご苦労だつた。ご苦労だつた。よくやつた。もうおまへは少佐になつてもいゝだらう。おまへの部下の叙勲はおまへにまかせる。」
 烏の新らしい少佐は、お腹《なか》が空《す》いて山から出て来て、十九隻に囲まれて殺された、あの山烏を思ひ出して、あたらしい泪をこぼしました。
「ありがたうございます。就《つい》ては敵の死骸を葬りたいとおもひますが、お許し下さいませうか。」
「よろしい。厚く葬つてやれ。」
 烏《からす》の新らしい少佐は礼をして大監督の前をさがり、列に戻つて、いまマヂエルの星の居るあたりの青ぞらを仰ぎました。(あゝ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいゝやうに早くこの世界がなりますやうに、そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまひません。)マヂエルの星が、ちやうど来てゐるあたりの青ぞらから、青いひかりがうらうらと湧《わ》きました。
 美しくまつ黒な砲艦の烏は、そのあひだ中、みんなといつしよに、不動の姿勢をとつて列《なら》びながら、始終きらきらきらきら涙をこぼしました。砲艦長はそれを見ないふりしてゐました。あしたから、また許嫁《いひなづけ》といつしよに、演習ができるのです。あんまりうれしいので、たびたび嘴《くちばし》を大きくあけて、まつ赤に日光に透かせましたが、それも砲艦長は横を向いて見逃がしてゐました。



底本:「宮沢賢治全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年1月28日第1刷発行
   2004(平成16)年4月25日第20刷発行
初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社
   1924(大正13)年12月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年2月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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