厭《いや》ぢゃないのだと私は思ひました。
「それが、又、崩れたのですか。」私は尋ねました。
「崩れたのです。それも百人からの人夫で、八日かゝってやったやつです。積み直しといっても大部分は雫石《しづくいし》の河原から、トロで運んだんです。前に崩れた分もそっくり使って。だからずうっと脚がひろがっていかにも丈夫さうになったんです。」
「中々容易ぢゃなかったんでせう。」
「えゝ、とても。鉄道院から進行検査があるので請負の方の技師のあせり様ったらありませんや、従って監督は厳しく急ぎますしね、毎日天気でカラッとして却《かへ》って風は冷たいし、朝などは霜が雪のやうでした。そこを砂利を、掘っては、掘っては、積んでは、トロを押したもんです。」
 私は、あのすきとほった、つめたい十一月の空気の底で、栗《くり》の木や樺《かば》の木もすっかり黄いろになり、四方の山にはまっ白に雪が光り、雫石《しづくいし》川がまるで青ガラスのやうに流れてゐる、そのまっ白な広い河原を小さなトロがせはしく往《い》ったり来たりし、みんなが鶴嘴《つるはし》を振り上げたり、シャベルをうごかしたりする景色を思ひうかべました。それからその人たちが赤い毛布でこさへたシャツを着たり、水で凍えないために、茶色の粗羅紗《そらしゃ》で厚く足を包んだりしてゐる様子を眼《め》の前に思ひ浮べました。
「ほんたうにお容易ぢゃありませんね。」
「なあに、さうやって、やっと積み上ったんです。進行検査にも間に合ったてんで、監督たちもほっとしてゐたやうでした。私どももそのひどい仕事で、いくらか割増も貰《もら》ふ筈《はず》でしたし、明日からの仕事も割合楽になるといふ訳でしたから、その晩は実は、春木場で一杯やったんです。それから小舎《こや》に帰って寝ましたがね、いゝ晩なんです、すっかり晴れて庚申《かうしん》さんなども実にはっきり見えてるんです。あしたは霜がひどいぞ、砂利も悪くすると凍るぞって云ひながら、寝たんです。すると夜中になって、さう、二時過ぎですな、ゴーッと云ふやうな音が、夢の中で遠くに聞えたんです。眼をさましたのが私たちの小屋に三四人ありました。ぼんやりした黄いろのランプの下へ頭をあげたまゝ誰《たれ》も何とも云はないんです。だまってその音のした方へ半分からだを起してほかのものの顔ばかり見てゐたんです。すると俄《には》かに監督が戸をガタッとあけて走って入って来ました。
『起きろ、みんな起きろ、今日のとこ崩れたぞ。早く起きろ、みんな行って呉《く》れ。』って云ふんです。誰も不承不承起きました。まだ眼をさまさないものは監督が起して歩いたんです。なんだ、崩れた、崩れた処へ夜中に行ったって何《な》ぢょするん[#「ん」は小書き]だ、なんて睡《ねむ》くて腹立ちまぎれに云ふものもありましたが、大抵はみな顔色を変へて、うす暗いランプのあかりで仕度をしたのです。間もなく、私たちは、アセチレンを十ばかりつけて出かけました。水をかけられたやうに寒かったんです。天の川がすっかりまはってしまってゐました。野原や木はまっくろで、山ばかりぼんやり白かったんです。場処へ着いて見ますと、もうすっかり崩れてゐるらしいんです。そのアセチレンの青の光の中をみんなの見てゐる前でまだ石がコロコロ崩れてころがって行くんです。気味の悪いったら。」その人は一寸《ちょっと》話を切りました。私もその盛られた砂利をみんなが来てもまだいたづらに押してゐるすきとほった手のやうなものを考へて、何だか気味が悪く思ひました。それでもやっと尋ねました。
「それから又工事をやったんですか。」
「やったんです。すぐその場からです。技師がまるで眼を真赤にして、別段な訳もないのに怒鳴ったり、叱《しか》ったりして歩いたんです。滑った砂利を積み直したんです。けれどもどうしたって誰も仕事に実が入りませんや。さうでせう。一度別段の訳もなく崩れたのならいづれ又格別の訳もなしに崩れるかもしれない、それでもまあ仕事さへしてゐれゃ賃金は向ふぢゃ払ひますからね、いくらつまらないと思っても、技師がさうしろって云ふことを、その通りやるより仕方ありませんや。ハッハッハ。一寸《ちょっと》。」
 その工夫の人は立ちあがって窓から顔を出し手をかざして行手の線路をじっと見てゐましたが、俄《には》かに下の方へ「よう、」と叫んで、挙手の礼をしました。私も、窓から顔を出して見ましたら、一人の工夫がシャベルを両手で杖《つゑ》にして、線路にまっすぐに立ち、笑ってこっちを見てゐました。それもずんずんうしろの方へ遠くなってしまひ、向ふには栗駒《くりこま》山が青く光って、カラッとしたそらに立ってゐました。私たちは又腰掛けました。
「今度の積み直しも又八日もかゝつたんですか。」私は尋ねました。
「いゝえ、その時は前の半分もかゝらなか
前へ 次へ
全4ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング